《ブラジル》寄稿=DELFIM NETTO氏を悼むー元通訳の回想=サンパウロ大学法学部シニア・プロフェッサー・二宮正人
訪日10数回の知日派、通訳として同行
デルフィン・ネット氏の訪日回数は10数回に及び、また日本から政府、経済界等の要人が訪伯するたびに会談が行われていたが、当時は通訳の数が少なかったこともあって、多くの場合、私が通訳を務めていた。通訳としての思い出は、経済や財政についてであっても、大臣間の会談は大所高所の話が多く、訪日の際に経団連をはじめとして講演を依頼された際にも、日本側が聞きたかった細部にわたる話題はあまりなかったように思う。 しかし、10年以上にわたったブラジルの対外債務交渉においては、デルフィン・ネット氏が現職の大臣として直接交渉に赴くことはなかったが、ブラジル側実務担当者と大蔵省財務官や国際金融局長との会談に際しては、債務の金利に関する話題になり、パーセントの何分の一といった数字が飛び交うこともあったが、その際の通訳が難しかったことを覚えている。しかし、そのような会議の通訳することによって、普通は接することのできない内容を知ることができ、得難い勉強になったことは言うまでもない。 また、1982年9月のトロントにおけるIMF(国際通貨基金)総会において、メキシコが会議の冒頭にデフォルト宣言を行ったことにより、将棋倒しに中南米債務危機が訪れることになった。ブラジルはそれまでにも債務の支払い期限が到来する前に、個々の借り換え交渉を行ってきており、支払い能力があることを主張したが、他の諸国と同様にすべての公的機関、民間銀行からの融資の道が閉ざされてしまった。 IMF協定第8条の適用が申請されることにより、国家財政や歳入・歳出の状況と言った調査のためにIMFから特別チームが派遣され、大蔵省、中央銀行、経済企画省等に出入りして情報の提供を要求し、その厳しい調査の結果としてOKが出されると、当時は10億ドル単位の融資がIMFによってなされていた。
債務国ブラジル側代表が尊大な態度をとる裏側
それに基づいて各国の公的機関や民間銀行も融資を再開することができる体制であった。しかし、数カ月後に財政再建を目的としたIMFとの約束が順守できないことが判明すると、大蔵大臣はいわゆるWAVER LETTER(権利放棄レター)をIMFに対して出さなければならない仕組みになっていた。すなわち、国家としてIMFに対して約束した目標を達成できないことに対して陳謝することが必要になっていた。 しかし、あまりにもLETTERを出す回数が重なるので、ある日デルフィン・ネット大臣にそのようなことで大丈夫なのかと聞いて見たところ、彼はIMF側も達成できないことはわかっているはずで、LETTERなど何通でもサインすると答えたことに驚いたことを記憶している。 対外債務のリスケ交渉は、民間銀行団とはニューヨークで、債権国とはパリクラブで行われていた。民間銀行団との交渉における幹事銀行はシテイバンクで、日本側の幹事銀行は東京銀行であった。当時のブラジル東京銀行頭取は故小林利郎氏であったが、ニューヨークから戻ると常にご機嫌斜めなので、どうしたのかと聞くと、交渉にあたるブラジル側代表の態度は尊大で、どちらが債権者か債務者かわからない、とのことであった。 デルフィン・ネット氏に聞くと、銀行への債務については金利のみならずスプレッド(危険手当)も含まれており、ブラジル側に返済能力があることはわかっているはずだ。借金というものは少なく借りると単なる債務者だが、多く借りてしまうと銀行のパートナーになり、勝手な取り立てはできなくなる、という大らかな説明であった。 債権国との交渉はパリクラブで行われていたが、そのような名前のクラブがあるわけではなく、パリのフランス大蔵省の建物内の一室を借りての交渉であった。ブラジルは単なる債務国ではなく、中南米諸国やアフリカの数カ国に対しては債権国としての交渉経験も有していたことから、債権国側の手の内をよく把握しており、こちらにおいても粘り強い交渉が行われていた。 結論として、リスケ交渉は10年以上にわたり、1200億ドルの債務に金利とスプレッドを上乗せして30年間で支払うことで締結した。現在では債務は完済し、さらなる外貨準備を約3500億ドル保有している。IMF協定第8条もブラジルにとっては、もう必要ないとのことで、第2次ルーラ政権において更新しなかったことにも驚き、デルフィン・ネット氏に聞いたところ、それだけの外貨準備があれば、経済・財政に関わる案件についてIMFに介入されないためには当然のことだと答えていた。
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