恐ろしい…勝手に境界線を越えてくる隣人、放っておくと自分の土地が「奪われる」ワケ【中央大学法学部教授が解説】
拾っただけで所有権を取得できるワケ
さて、このような説明を聞いて、「あれ? なんで、物を拾っただけで、所有権を取得できるの?」と、少し納得いかない読者もいるかもしれません。財産は、自分の才能と努力で手に入れるもの。働いた対価として手に入れるもの。そのように考える人からすると、物を拾うだけで、それを自分の財産にできるというのは、少し虫がいい話のような気がしませんか? ここには、一定の価値観が横たわっています。すなわち、法が「占有(=物を所持すること)」に、一定の価値を見いだしているのです。誰の物でもなかったり、また、誰の物なのか分からないまま放っておかれたりすると、限りある資源を社会的に有効活用することができません。 この点、占有者は、興味を示してその物にアプローチしているのですから、それを効率的に利用する可能性が高いように考えられます。ですから、占有者が、それを自分の物として使いたいなぁと思っているのだとすれば、その者に所有権を与えても、それほど悪いルールとはいえません。
知らないと怖い…「所有権の取得時効」とは?
同じ発想で、所有権の取得時効という制度を説明することができます。所有権の取得時効とは、他人の物であっても、所有の意思をもって、一定期間、継続的にそれを占有すると、占有している者が所有権を取得するという制度です(民法162条※3)。 たとえば、Aさん所有の土地をBさんが所有の意思をもってずっと占有しつづけていると、やがて、Bさんはその占有地の所有権を主張できるようになります。しかも、Bさんが、それが自分の土地ではない(Aさんの所有地である)と知っている(これを法律用語で「悪意」といいます)場合であっても、占有を継続すれば取得時効は成立するのです。 自分の物ではないことを分かっていながら、占有を継続していれば所有権が手に入る。なぜ、そのような制度が認められるのでしょうか? 先ほどの説明と同様です。 Bさんは、継続的にその土地を有効活用していますし、場合によっては、Cさんに貸すなどして、新たな法律関係がすでに生まれているかもしれません。ですから、その状態を尊重することが、社会的に有益ですし、また、いたずらな紛争を防げることにもつながります。他方、Aさんは、自分の土地がBさんに占有されているのに、何も文句を言わなかった以上、所有権が奪われても仕方ないとも考えられます。 ちなみに、取得時効は、お隣さんとの境界トラブルなどにも頻繁に登場します。お隣さんが境界線をはみ出して土地を占有していたけれど、そのまま放置して時間が経過すると、いつの間にか、そのお隣さんに占有部分の所有権が生じ、自分の所有権は消えてしまう――なんてこともあるのです。 取得時効を成立させないためには、「これは私の物だ!」と、占有をしている人にしっかりと主張することが大切です。 ※3 【民法162条】(1)20年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その所有権を取得する。(2)10年間、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と他人の物を占有した者は、その占有の開始の時に、善意であり、かつ、過失がなかったときは、その所有権を取得する。 遠藤 研一郎 中央大学法学部 教授
遠藤 研一郎