どんなに働いても「なぜか生きづらい」その真因…現代人を生きづらくさせる「スモール・トラウマ」
医師であることは私の人生そのものであり、私はずっと医師になりたかったのに、毎朝、恐怖を感じながら目覚めてしまいます。眠れたとしても、問題は解決しません。仕事量は現実離れしていて、患者たちは何週間も予約がとれなかったことを憤りながら診察室に入ってきます。「相談する健康問題は1つにしてください」と、待合室に貼り紙をしているのに、あまりに長く待たされたせいで、何もかも言わずにはいられないという患者もいます。その上、書類の作成と会議は、時間(や、お金)がないのに延々と続きます。私は常に溺れているような気分で、自分が内科の医師だとは思えなくなりました。
女医であるアニタは、仕事のストレスや体調不良だけでなく、職場の官僚主義から生じるスモール・トラウマにも悩まされていました。これらのことは、天職やキャリアであったはずのものを、満足を得られない仕事に変えてしまいます。私は多くの専門職でそれを見てきました。学究の世界、ジャーナリズム、法曹界、工学の世界、その他ありとあらゆる専門職においてです。 魂を破壊するようなこの変容は、仕事由来のスモール・トラウマの急激な増加を招いています。従来、それは「やりたくない仕事」にしか見られなかったのですが……。現在、多くの仕事はベルトコンベヤー式にこなされています。弁護士はずっとメモをとりつづけ、教師は書類の山を片づけ、看護師はクビにならないために作業を次々にこなしています。その例は他にもいくらでもありますが、私が言いたいことはもうおわかりいただけたでしょう。
■仕事に満足しているように見える人も…… では、幸運にも仕事に満足している人々についてはどうでしょうか? 彼らは楽々と人生を送っているのでしょうか? そうでもなさそうです。キャリアには、さらなる研修、昇進、ステイタスや社会的地位の向上、そして通常、より多くの報酬がつきものです。 その滑りやすい階段をのぼる過程では、スモール・トラウマに対する特別な反応が生じやすいのです。インポスター症候群(仕事で成功しているのに自分を過小評価してしまう心理状態)、終わりのない業績評価、 激しい競争、明確な序列といった嵐に休みなく襲われると、人は能力不足を感じ、いつかそれがばれるのではないかという不安に苛まれます。