店舗運営にも人材育成にも、トライアルが重視する生成AI活用の考え方「レトロフィット」とは
■ 生成AI導入の鍵になる「レトロフィット」の考え方 ──トライアルでは今、どのような考えに基づいて生成AIの活用を進めているのでしょうか。 永田 生成AIの導入は不可避ではありますが、それがビジネスにつながるかというとまだまだ大きなギャップがあると考えています。今はまだ、店舗からビジネスにつながりそうなデータを集めて解析し、どのように活用するか、試行錯誤している段階です。しかし、すべてがスマート化していれば便利になるのが間違いないことは誰もが分かっています。 流通小売業も同じです。生成AIを入れてムダ・ムラ・ムリを省いていくことは不可避ですが、一足飛びに導入しても、使いやすくてビジネスにつながることを実感できなければ従業員にもお客さまにも使ってもらえません。だからこそ、技術を少しずつ現場にフィットさせることが重要です。私たちはこの考え方を「レトロフィット」と呼んでいます。 生成AIに対する期待はありますし、うまく使えば便利になるのは間違いありません。ただ、技術が仕事の現場や日々の生活にフィットしなければ、どんなに最先端のテクノロジーでも消えてしまいます。ハイプ・サイクルの「幻滅期」を抜け出せず、消えていった「素晴らしいテクノロジー」は山のようにあるのです。 お客さまにとって何が重要なのかを見失わないように活用しなければ、お客さまには「生成AIですよ」と言っても見向きもされません。しかし、導入が遅すぎれば、他社に遅れを取ってしまいます。だからこそ、トライアルではレトロフィットを意識しながら段階的に生成AIの活用を進めています。
■ 人事教育にも生成AIは活用できる ──現在、特に生成AIの活用を考えている分野はどこでしょうか。 永田 お客さまへの対応品質を高めるためにも、クレーム対応の分野は優先度を高めて取り組んでいます。データを集め、適切な対応のサジェスチョンができるようになると、経験の浅い従業員であっても対応可能になります。お客さまの満足度を損なわないことはもちろん、お客さま対応に少ない人手からリソースを割く場面が減り、店舗の生産性を高めることにつながると考えています。 ──著書では、人事教育に生成AIを活用する試みについて触れられていますが、これはどのような取り組みなのでしょうか。 永田 トライアルでは、人事教育手法である「ジョブクラフティング」に生成AIの技術を組み合わせることを模索しています。 ジョブクラフティングとは、従業員一人一人が仕事に対する認知や行動を主体的に「やりがいのあるもの」へと変えるための手法です。生成AIを使うことによって、従業員が「仕事の要求(業務で求められていること)」と「自分のスキル」をうまく結び付け、自分の仕事に対する満足度を高められるのではないかと考えています。 例えば、日々のID-POSデータや店舗のお客さまの顧客行動などを解析し、そこから異常データを検知・通知することで、従業員一人一人が自主的に売り場の改善を行うサポートができます。特に、生成AIを連携することで店舗従業員の業務特性を分析して、個々に合わせた業務改善提案を行うことで、従業員満足度や業務生産性の向上や離職率の減少が期待できます。 この他、新人教育にも生成AIの活用を検討しています。これまでは新人の従業員が入社初日に店舗へ配属されても、そこでできることは限られていました。しかし、生成AIが仕事の要望を出すとともに、やり方まで細かく提示する仕組みをつくれば、入社初日の新人であっても一定以上のパフォーマンスを発揮できるようになるかもしれません。 仮に、仕事の要求と従業員のスキルのマッチングを一切行わなければ、それは「小さなズレ」となり組織全体の崩壊を引き起こします。「1ミリのズレ」とも言えるわずかな亀裂を放置したことが大きな問題に発展し、業績悪化や不祥事を招くことはよくあることです。こうしたズレに対する感度を高め、業務改善や従業員同士のコミュニケーション効率を向上させるためにも、生成AIと組み合わせたジョブクラフティングが有効だと考えています。 ──生成AIの活用に従業員の働きやすさを高めることが期待されているのですね。こうしたテクノロジーの進化が続く中、流通小売業は今後、生成AIとどのように向き合っていくべきでしょうか。 永田 流通小売業に限らず、私たちは今後、生成AIの活用から逃げることはできないでしょう。世界の投資資金の多くは、デジタル化によって生産性を高める動きを後押ししています。生成AIの活用に乗り遅れれば、日本は成長機会を失い、世界から取り残されることは必至です。 だからこそ、トライアルは先駆者として生成AIの実装を進めることで、「良い品を安く便利に買えるスーパー」を追求し続けます。「いかに多くの商品を売るか」という視点ではなく、「集めたデータからいかに付加価値を生み出すか」という視点からビジネスを差別化しながら、流通小売業のビジネスモデルそのものを変えていきたいと考えています。
三上 佳大