新日本酒紀行「民族の酒カルシス」
● 地酒の本質とは何かを問う生酛造りの酒 神奈川県横須賀市から鳥取県の大山(だいせん)山麓へ、アパレル経営から杜氏に転身した久米桜酒造の三輪智成さん。大柄でアフロヘアーに丸眼鏡と、従来の杜氏のイメージとは懸け離れる。 【写真】「酒造りのこだわり」はこちら! 杜氏になった8年前から酒の改革を進め、地元消費が8割だった普通の酒を、無添加で醸す自然派に全てを変えた。米は酒蔵から半径3km以内の田んぼで育て、環境にすみ着く微生物だけで酵母無添加の生酛(きもと)造りを行う。天然乳酸菌が乳酸を生成し、天然酵母によるアルコール発酵で、10度という低アルコールに仕上がった酒は、甘酸っぱくて、苦渋酸のある複雑なうま味。すっと体になじむ不思議な魅力を放つ。「この土地でしか造れない、民族の酒です」と三輪さん。 現在、主流の日本酒は合成乳酸を添加し、日本醸造協会が頒布する酵母を使う速醸酛造りが一般的。米を運搬し、乳酸を添加し、酵母で発酵すれば全国どこでも優等生の酒ができる。だが三輪さんはそれを否定。 「海外の自然派ワイン醸造家たちは、物事の本質に向き合っていると感じた。自分も地酒の本質とは何か、ひたむきに向き合ってきた」。 そんな三輪さんのことが「大山に尖った醸造家がいる」と国内外に伝わり、「海外のシェフやソムリエが『日本の酒』を飲みたいと、蔵まで来ます」(三輪さん)。昨年に続き、世界一予約が取れないレストランで、ペアリングの酒に選ばれた。大山でしかできない地の酒、その本質とは何かを問い続ける。
(酒食ジャーナリスト 山本洋子) ※週刊ダイヤモンド2024年11月23日号より転載
山本洋子