始まりは関東大震災 雪印メグミルク、地元に愛され創業100年
2025年は巳(み)年。ヘビは脱皮を繰り返すことから、世界各地の神話や昔話で“再生や永遠の象徴”として描かれてきた。歴史をさかのぼれば、世界最古の文学作品と言われる古代メソポタミアの「ギルガメシュ叙事詩」(紀元前1800年ごろ成立)にも、永遠の生を得たヘビが登場する。そんないわれにちなみ、今年は長く続く北海道ゆかりの老舗をご紹介。個人商店から大企業まで、時代の荒波にも負けず、道民らに親しまれてきた物語をお届けする。【伊藤遥】 【写真】創業当初使われていたバター製造機 北海道といえば、牧場、ミルク、チーズ、スイーツ――。酪農王国のイメージを定着させた乳業メーカーの大手が「雪印メグミルク」(東京)だ。今年、創業100周年を迎える。 その歴史は1925(大正14)年、3人の酪農家が中心となり、道内の同業者を集めて「北海道製酪販売組合」を組織したことに始まる。 雪印メグミルクによると、組合設立の背景にあったのは23年の関東大震災だった。国内で死者・行方不明者が10万人以上に上り、物資不足が深刻化した。これを補うため輸入に頼ったところ、安価で良質な乳製品が海外から大量流入、北海道の酪農家は大打撃を受けた。 こうした状況を打破しようと立ち上がったのが、アメリカで酪農を学び、札幌市内で牧場を営んでいた宇都宮仙太郎だ。宇都宮らは共同で生乳を生産・加工・販売。良い土が良い食料を生み、健全な人間形成や社会課題解決につながる――という「健土健民」の理念を掲げ、まだ一般家庭に普及していなかったバターに着目して製造に励んだ。 今も主力商品の「雪印北海道バター」は、26年の製造開始から約10年後にロンドンの見本市に出品された。「にがりの味は残るが、牛乳を飲まない国でこんなにおいしいバターができるのか」と西洋人を感嘆させた。 さらに家庭にバターを広めるため、27年からレシピ冊子を発行した。34年発行の「和洋バター料理之栞(のしおり)」をひもとくと、「豆腐のバター焼き」といった「和洋折衷」の料理も登場する。 同社は創業から10年程度でバターの国内シェア約8割を獲得。現在も家庭用シェア約5割で、業界トップを維持する。シェア1位なのは、チーズ、マーガリン類、スキムミルクもだ。高度経済成長期に支えられ、組織改編しながら順調に事業を拡大させてきた。 看板商品は、総生産数約20億パックのロングセラー「6Pチーズ」▽茶色と黄色のパッケージでおなじみの飲料「雪印コーヒー」▽道民に人気の乳酸菌飲料「ソフトカツゲン」▽おやつにもなる「さけるチーズ」――など枚挙にいとまがない。 だが、その順調な経営に大きな影を落としたのが、多数の被害者を出した「雪印乳業食中毒事件」(2000年)と、子会社による「牛肉偽装事件」(01年)だった。 消費者の間には不信感が広がった。だが、会社を変革しようとする機運も社内で高まり、安全性の徹底と社員の意識改革に努めた。 地道な活動が実を結び、事業は成長。現在、学校給食に牛乳が出るほど信頼も回復した。12月中旬、札幌市立大谷地小学校の1年生クラスでも、子どもたちが笑顔でストローをくわえていた。 雪印メグミルクの見学施設「酪農と乳の歴史館」(札幌市)で館長を務める菅谷正行さん(60)は「今後も健土健民の精神で、その時代ごとの課題を的確に捉え、社会に役立つ会社でありたい」と100年先を見据えた。 ◇“おいしい記憶”に雪印 雪印メグミルクの製品は、スーパーやコンビニ、商社、飲食店、学校などさまざまな場所に納入されているが、洋菓子店もその一つだ。道内屈指の人気店「ル・パティシエ・フルタ」(札幌市東区)は店で使う原料にこだわり、生クリームやバターなど乳製品のほとんどを雪印から仕入れている。 その理由は、オーナーパティシエ、古田義和さん(43)の「地元に少しでも恩返しがしたい」との思いにある。古田さんが育ち、店を構える東区は昔から雪印の牛乳工場があった。「子どものころから慣れ親しんだ味。自分の“おいしい記憶”に、雪印製品が結びついている」。そんな思い出もあり、できる限り地元食材を使い、生まれ育った街に貢献しようとしている。 「お菓子屋さんの使命は季節を届けること」「自分がケーキ屋さんに入った時に一番嫌なのは、種類が少ないこと」とも言う。このため、自身の店には四季の果物を使ったケーキや焼き菓子など約200種が並ぶ。和菓子以外のほぼ全てに雪印製品を使っている。 中でもダイレクトにその味が楽しめるのは、店一番人気のケーキ「オムレツ・フレール」(500円)だ。卵をたっぷり使ったスポンジ生地にカスタード、イチゴ、練乳、生クリームが乗る。 ミルク感を味わいたいなら、焼き菓子「ミルク・ヌーヴォ」(1800円)もおすすめ。自家製ミルクシロップを焼き上げた生地に含ませて約1週間、熟成させる。「食べるとジュワーっとしてミルキーな香りがします」 数々のコンテストで入賞し、道洋菓子協会理事も務める古田さん。道外からも出店の誘いを受けるなど引く手あまただが、価格はあくまでも良心的に抑え、雪印製品を使い続ける。「この店は今のスタイルでずっとやっていきます」と話した。