「私、お姉さんを絶対許さない」台風で遭難→着のみ着のまま雨の中に逃げ出し…小屋番が“謝る時は今ではない”と考えたワケ
ルート偵察に出て、帰る道を失い…
各小屋は静かになった。Nさんの容態も大丈夫なようだ。Mさんも大丈夫のようだし、他のみんなも落ち着いてきていた。みんなは仮眠に入った。 午前8時少し前、小屋番は各小屋を回り、これからの行動を提示した。 「9時までここで休んで、9時になったら仙丈ヶ岳へ向けて歩こう。今考えられる唯一助かる道はそれしかない。少しでも可能性のあることをするしかないだろう。だからそれまで眠っていてほしい」 雨は情け容赦なく降りしきっている。風はそれほどない。だが稜線に出れば、すごい風が吹いているに違いない。台風が去ったはずなのにこの天気だ。むやみに稜線に出るのも考えものだと思い、ルートの偵察に出た。みんなの体力は衰える一方だ。なるべく体力を消耗しないルートを選ばなければならない。 つき上げれば横川(よこかわ)岳を越えたあたりに出ることはわかっているが、なるべく直登は避けたい。山腹を馬鹿尾根と平行に進んだ方がよいのではないかと思いながら歩いた。必然的にジグザグに歩くことになった。 30分ほどジグザグに登ってみたがわりあい歩きやすかった。新たな倒木はない。沢も一番の元だから小さくて渡るのにも少しも困難でない。山中をジグザグに行った方がよさそうだし、危険の度合も少なそうだという結論をみて戻り始めた。 ところがジグザグに歩いて来たために帰る道を失っていた。山中は広く、みんなが休んでいる場所はほんの一点にすぎないのだということに気付いた。高度をかせぎながら登ってきたために、渡ったはずの沢さえ見つからないのだ。 めちゃくちゃに歩いた。改めて感じ入るほど山中は広かった。木々はどれも同じように大きく、同じように立っている。目印にはならない。見覚えのあるところに出さえすれば何とか戻れるのだがと思いながら歩くのだが、いっこうに出合わない。 「オーイ、オーイ、オーイ」と呼んでみても返事はない。雨の音と沢の音が聞こえるだけだ。焦った。9時までにみんなのところに戻らなければ、いろいろ問題も起きてこよう。こうなったら一度野呂川へ下りて、昨夜逃げ登った跡をたどるしかない。うまくたどれるかどうか、踏み跡が消えずに残っているかどうかそんなことはわからないが、それしか方法はない。
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