データ参考に魔球「完コピ」、タブレット持ち歩く伊藤大海2冠…3割打者が激減する「投高打低」の背景
[球景2024 投高打低]<上>
プロ野球では近年、科学的なアプローチによる投手の進化が著しい。今季も一層、顕著となった「投高打低」の背景と、現状打破を試みる打者側の取り組みを追った。
数値が示した「直球より強いカット」
最多勝と最高勝率を獲得し、パ・リーグの投手2冠に輝いた日本ハムの伊藤は今シーズン、勢いよく150キロ前後の球を高めに投じ、何度もバットに空を切らせた。1球ごとの球速、球種を知らせる速報サイトでは、度々「直球」と表示された。バットに当てた打者も、打ち損じるまでそうだと疑わなかったことだろう。実はこの球、直球ではなかった。
伊藤の直球は打者の手元でわずかに曲がる「真っスラ」気味。球速や伸びで突出しておらず、ファウルで粘られることも多かった。対策を練る中で、それほど使っていなかったカットボールの球質に着目したという。
最新の計測機器で変化量や回転数などを調べてみると、興味深いデータが出た。似た軌道でありながら、「真っスラ」気味の直球より自身のカットボールは強いボールで「推進力がある」。直球と勘違いさせれば空振りや凡打を誘える。使わない手はない――。投球割合を増やして有効活用し、打者を抑える引き出しの一つに転化させた。
これまで球界の主流だったスライダーやカーブ、フォークなど大きく変化する球と、直球の間には一定の球速差がある。最近では伊藤のカットボールのように直球の球速帯に近く、直球と同じ軌道から小さく変化する「中間球」が普及している。さらに大谷(ドジャース)が投げて認知度が高まった「スイーパー」など新たな球種も出てきた。
「昔は『あの人しか投げられない』『魔球』と言われた時代もあったが、今や『完コピ』できる」。スポーツ脳科学に詳しい柏野牧夫・NTTフェローはそう語る。
以前は教わったとしても習得が難しかった技術が、計測機器を使えば「自分の感覚がデータとしてすぐ反映され、イメージが違う他人に言われて混乱するより学習が早くなる」。実際に伊藤がカットボール習熟の参考にしたのは米大リーグ(MLB)の投手。これまで新たな球種を独学で習得した時と同様に、MLBの公式データサイトで調べながら感覚を擦り合わせた。