アノ映画のファッションに憧れて。Vol.49 『007/カジノ・ロワイヤル』のコットンシャツ。
ジェームズ・ボンドが着る服と言えば、かつてはロンドンのサヴィル・ロウで仕立てた英国高級紳士服だった。しかし、時代は移り、5代目ボンドのピアース・ブロスナンはイタリアのハイプランド〈ブリオーニ〉の3ピーススーツを着て従来のポンド像を一新。6代目ボンドに指名されたダニエル・クレイグはシリーズデビュー作『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年)では先代のワードローブを受け継ぎ、〈ブリオーニ〉のピンストライプの3ピーススーツを粋に着こなして華やかなデビューを飾る。彼がボンド役に決まった時、世界中のボンドマニアから『ブロンドで青い目のボンドなんてあり得ない』と散々な言われようだったが、クレイグは見事にスーツの着こなしと鍛え上げたボディでそれを一蹴。その後、クレイグはさらに筋肉を意識した〈トム・フォード〉のタイトなスーツに着替えて、ショーン・コネリー以来絶えて久しかった”セクシーなボンド”としてシリーズを牽引して行く。 『カジノ・ロワイヤル』で最も印象的な上記の3ピーススーツは、スーツ自体から合わせる小物まで神経が行き届いている。ジャケットはノッチラペル、シングルバックベント、4カフスボタンを備えたシングルブレスト。ズボンはベルトループ、斜めのサイドポケット、折り返しが付いたフラットフロント。シャツはコットンポプリンでダブルのフレンチカフス付き。青と白の織りシルクネクタイ。ブラックカーフレザーのダービーシューズ。そして、ボンドの必須アイテムである〈オメガ〉シーマスター ダイバーウォッチ。それらをトータルしてボンドのワードローブであり、クレイグは過去の誰よりもファッションアイコンとしてのジェームズ・ボンドを世に行き渡らせた。そういう意味で彼の功績は大きいと思う。 『カジノ・ロワイヤル』ではカジュアルなボンドも楽しめる。それどころか、カジュアルなボンドにこそ本作が作られた意味がある。脚本家のニール・パーヴィスによると、マダガスカルの建設現場でボンドが爆弾魔のモラカを追跡するシーンで、足場を上り下りし、クレーンから飛び降りるのは、『新しいボンドはガジェットに頼らず、強い肉体と勇気を持つ人物にしたかったから』だとか。すると当然、場面に見合ったコスチュームが用意される。ここでボンドが手を通すのは、花柄プリントのコットンシャツにフィットしたクルーネックのTシャツ、そして、リネンのパンツだ。アクションが激しく、長くなるに連れて、シャツとパンツが汗まみれ、泥まみれになっていくプロセスは、まさに、ガジェットに頼らない新ボンドの証明。やっぱり、クレイグ以上にこれほど服に目が行くボンドアクターは思い当たらない。 ちなみに、クレイグは〈ロエベ〉の2024秋冬キャンペーンにボサボサのヘア、カラフルなニットウェアにハイカットブーツで登場。イメージに縛られたボンド役から解放されかのようなオタクっぽい装いでファンを驚かせている。この方向性、洒落が効いていて良いのではないでしょうか。 『007/カジノ・ロワイヤル』 製作年/2006年 原作/イアン・フレミング 監督/マーティン・キャンベル 脚本/ポール・ハギス、ニール・パービス、ロバート・ウェイド 出演/ダニエル・クレイグ、エヴァ・グリーン、マッツ・ミケルセン、ジェフリー・ライト
文=清藤秀人 text : Hideto Kiyoto