『燕は戻ってこない』が“共感”できないのに引き込まれる理由 “人間を知る”長田育恵の凄さ
「現在、第三者の女性の子宮を用いる生殖医療『代理出産』について、国内の法は整備されていない。倫理的観点から、日本産科婦人科学会では本医療を認めていない」 【写真】長田育恵脚本作、名作と名高い『らんまん』 毎回、冒頭にテロップで表示される文言が、登場人物、そして観る者に向かって問いかけてくる。『燕は戻ってこない』(NHK総合)が今夜、最終回を迎える。 吉川英治文学賞・毎日芸術賞をW受賞した桐野夏生による同名小説をドラマ化した本作。脚本をNHK連続テレビ小説『らんまん』(2023年度前期)の長田育恵が手がけている。すべての登場人物がその人らしい花を咲かせた『らんまん』が性善説に寄せた作品だとするならば、『燕は戻ってこない』は真逆で、力一杯、性悪説に振り切った作品といえよう。 しかしどちらの作品も、千枚通しのように鋭い観察眼で、世の中と人間を見つめて描く「長田節」が冴え渡っている。原作が白眉であることはもちろんだが、ドラマでは、原作の世界観をさらに立体的に立ち上がらせている。 3度の流産を経験し、不育症と診断された草桶悠子(内田有紀)と、どんな手段を使ってでも優秀なバレエダンサーの遺伝子を遺したい草桶基(稲垣吾郎)。この夫婦の、子をめぐる物語。基は、藁をも掴む思いで「代理母」を求めて、生殖医療エージェント「プランテ」に登録をする。そんな彼らとマッチングされたのが、29歳・手取り14万円・病院事務員のリキ(石橋静河)だ。 第1話から「格差」の描写が容赦ない。東京の安アパートに暮らすリキは、チカチカする台所の蛍光灯の交換さえ放置する生活を送っている。同僚で親友のテル(伊藤万理華)と「(たまには贅沢して)昼、外食しよ」と赴いたのは、コンビニのイートインスペース。サンドイッチやサラダは高くて手が届かないので、それぞれカップラーメンと惣菜パンを頬張る2人だ。テルは大学の奨学金の返済に追われ、病院事務の仕事のほかに風俗でも働いている。リキの給与明細や、ギリギリの生活を物語る家計簿アプリ、テルの借金額「550万円」など、具体的な数字の提示により、ワーキングプアの現実がこれでもかと観る者に迫ってくる。 テルは、金銭目当てでエッグドナー(卵子提供者)登録をしているプランテへの登録をリキにも勧める。リキは「そんなに簡単なもの? 普通に気持ち悪くない?」「想像しただけで不気味なんだけど」と拒否反応を示すが、このときの自分の言葉が、やがてリキの喉元に突き付けられることになる。 一方、草桶夫妻は、セレブ向けのペットショップで子犬を買い、高級車に乗り、高級レジデンスに住まい、高いワインを日常的に愉しむという暮らしぶりだ。第1話の終わりに自転車で転んで怪我をしたリキと草桶夫妻が鉢合わせるのだが、地べたに這いつくばるリキと、きれいな白いハンカチを差し出す悠子の対比が容赦ない。 エッグドナーについてあれだけ拒否反応を示していたリキが、そのまた一段階上の「サロゲートマザー」(代理母)としてプランテに登録するまでに、そう時間はかからなかった。リキの心の拠り所だった叔母・佳子(富田靖子)ががんに侵され余命いくばくもなくなっても、北海道までの飛行機代がない。同じアパートに住む平岡(酒向芳)に、ストレスの捌け口として難癖をつけられ、執拗な嫌がらせを受ける。それも、リキが女であることにつけ込んでのことだ。 叔母・佳子が念を押していた「見せかけでもいい、世間の一員になること」からはぐれたワーキングプアの独身女性の生き辛さが、克明に描かれる。テルがあっけらかんと言っていた「一度ぐらい『女で得したー!』って笑お?」という言葉が、観る者の心の中に残響のようにリフレインする。「一刻も早くこの場所から抜け出したい、金が欲しい」と切願するリキの心情が、手に取るようにわかる。 このドラマに出てくる人物のほとんどが、どこか「ダメ」で、どこか狂っている。だから「共感」できるドラマとは言い辛い。けれど、グイグイと物語に引き込まれて、目が離せない。共感はしないが、人物たちがその行動に至る動機と理由が、痛いほどに伝わってくるのだ。筆者は、同じく長田脚本の『らんまん』の評論(神木隆之介演じる万太郎の人となりは『らんまん』そのもの “人間を知ってる”物語の面白さ)の終わりに、万太郎(神木隆之介)にとって印刷技術の師である大畑(奥田瑛二)の台詞を借りてパロディにして「これは人間を見て、人間を知ってる者にしか書けねえ物語だな」と書いたが、本作『燕は戻ってこない』にも同じ感想を抱いた。 卵子提供でさえ忌み嫌っていたのに、結局、リキは代理母となる。ビジネスと割り切って引き受けたのに、人工授精の直前に他の2人の男と関係を持ってしまう。「人助け」だと自分に言い聞かせ、己の中の欺瞞を打ち消そうとする。でも、お腹の中で子どもが育つにつれ、母性が芽生えはじめる。本作の主要登場人物は皆、矛盾だらけだ。