『燕は戻ってこない』が“共感”できないのに引き込まれる理由 “人間を知る”長田育恵の凄さ
初めは目的達成のために暴走しがちな基にストップをかけ、リキの心と身体のケアを第一にするよう促していた悠子。しかし、実際にリキが妊娠し、胎内で子どもが育っていくにつれ、どんどん悠子のエゴが剥き出しになっていく。 基はリキの「契約違反」に逆上していたが、教え子の貴大(利田太一)との関係性を通じて、たとえリキのお腹の中の子が自分と血がつながっていないとしても、バレエを伝承していくことはできるのではないかと思いはじめる。ところが今度は、子が産まれた後もリキに1年間子育てをしてほしいと「契約延長」を持ちかける。皆、心が揺れに揺れる。でも、それが人間というものだ。 基の母で元世界的バレエダンサーの千味子(黒木瞳)は基に、孫ができないなら悠子と離婚しろと迫る。冷徹な合理主義で、人を商品のようにランク付けする千味子の存在が、本作を一層ヒリヒリしたドラマたらしめているのだが、そんな彼女にさえ、お腹がふくらんだリキを目の当たりにして、罪悪感が少し芽生える。 唯一ブレない存在、悠子の美大時代からの親友・りりこ(中村優子)の存在が頼もしい。春画作家でアセクシャルの彼女は、作品や発言から常に「男と女は対等であるべき」「どちらかがどちらかを搾取してはならない」と発信し続けている。りりこは「詰んだ」状態にあったリキを実家に引き取り、アシスタントとして彼女を雇う。りりこの存在と視点が、この作品のバランサーとなっている。そして、人間のどうしようもない欲と業、愚かさを、りりこが狂言回しのように、解きほぐして伝えてくれる。 第9話でリキが破水し、いよいよ出産が始まった。最終回でリキ、悠子、基はどんな答えを出すのだろうか。人間の尊厳について、このドラマが提示する命題を、心して見守りたい。
佐野華英