「バーティカルSaaS」市場で成功する秘訣とは? 先駆ベンダーのあゆみと苦労
ソーシャルインテリアは、「バーティカルSaaSと人手不足」と題した、業界特化型のSaaSベンダーによる座談会を開催した。 【もっと写真を見る】
ソーシャルインテリアは、2024年4月18日、「バーティカルSaaSと人手不足」と題した、複数社の業界特化型SaaSベンダーによる座談会を開催した。 飲食業界を代表してインフォマート、製造業からはアペルザ、そして家具業界からはソーシャルインテリアが集い、バーティカルSaaSの現状や展望について意見を交わした。モデレーターを務めたのは、SaaS企業専門アナリストで、SaaS専門メディア「Next SaaS Media Primary」を運営する早船明夫氏だ。 労働力不足で脚光を浴びるバーティカルSaaS 前段として早船氏より、SaaS企業の全体トレンドや業界特化型のSaaSである「バーティカルSaaS」の動向が語られた。 「2021年にSaaS企業の株価が上がり、“SaaSバブル”とも呼ばれ、その後株価が下がった印象のままの方もいるかもしれないが、SaaS企業全体の業績の伸びは悪くない」と早船氏。特にトップのSaaS企業の成長は著しく、SaaS事業の指標であるARR(年間経常収益)が100億円を超える企業は、ラクスやSansan、サイボウズ、freee、マネーフォワード、インフォマート、プラスアルファ・コンサルティングなどが数えられる。 急成長するトップSaaS企業とは別に、SaaSスタートアップの動きとして、「シリアルアントレプレナー(連続起業家)」型企業への相次ぐ大型調達がある。例えば、ラクスルを創業した松本恭攝氏によるジョーシス、ワークスアプリケーションズを創業した牧野正幸氏によるパトスロゴス、Gunosyを創業した福島良典氏によるLayerXなどが挙げられる。 そして、SaaS市場におけるもうひとつのトレンドが、今回のテーマとなった「バーティカルSaaS」だ。「本格普及期に入ってきている。業界特化型は規模が小さいというイメージもあったが、投資家からも評価されるスタートアップも増えてきた」と早船氏。 未上場のバーティカルSaaSのスタートアップをみてみると、水面下で100億円を超える評価額の企業が増えている。評価額300億円を超える企業も、建設業のアンドパッドや製造業のキャディ、教育領域のatama plus、小売業のカケハシ、医療領域のLinc’wellやUbie、不動産のナーブ、運輸業のCBcloudなどが存在する。 バーティカルSaaSが注目を集める背景として、日本全体の労働力不足がある。運送業、建設業、医師の時間外労働が規制される、いわゆる“2024年問題”をはじめ、各業界の“現場”における人材不足は深刻な状況だ。早船氏は、「バーティカルSaaSは、あると便利だよねという目線から、労働力不足という喫緊の課題を解決する“Must”な存在になりつつある」と指摘する。 これまでのSaaS市場は、業界を問わずに特定の部門や機能に特化した「ホリゾンタルSaaS」の事業者が先行して成長しており、上場企業数は24社。市場規模も大きく、営業やマーケティング戦略も共通化でき、成功モデルも確立されつつある。 一方のバーティカルSaaSはこれからの成長が期待され、上場企業数もまだ8社だ。「バーティカルSaaSの面白いところでもあり、難しいところでもあるのが、業界の規模に左右され、商習慣などによって攻略法や考え方が異なるところ」と早船氏。続いて、各業界を攻略するバーティカルSaaSベンダーが紹介された。 インフォマート:パソコンの使い方から飲食業に寄り添ってきたバーティカルSaaSのパイオニア 飲食業を中心にSaaSを展開するインフォマートからは取締役の木村慎氏が登壇。同社は、SaaSという言葉がまだ使われていない1998年に、食品に特化した商談の仕組みを提供するところからビジネスを開始した。その後、インターネットやパソコンの普及にあわせて、商談から派生する企業同士の取引、見積や契約、発注、納品、請求といった一連の紙でのやりとりを電子化する“企業間電子商取引”のSaaSをプラットフォームを展開する。「飲食業界でパソコンの使い方から教えながら、共に成長してきた」と木村氏。 2015年以降は、商取引のホリゾンタルSaaSとしてもビジネスを拡げ、利用企業数は100万社を突破。商取引は、サービス自体が差別化にならない“非競争領域”であるため、無償で利用できる範囲を広くとり、業界全体で標準化を進める方向性だ。今でも飲食業界の売上は、6割から7割を占めているという。 アペルザ:基幹産業である製造業の真の競争力である間接業務を支援 製造業のバーティカルSaaSからは、アペルザの代表取締役社長である石原誠氏が登壇。キーエンスで、初のインターネット事業であるiPROS(イプロス)を立ち上げた石原氏が、2016年に創業した企業である。 アペルザが扱うのは、ものづくりにおける原材料や部品といった直接材ではなく、工場設備や消耗品などの“間接材”だ。市場規模は40兆円以上となり、「実は飲食・流通と近い規模」と石原氏。この巨大な市場においては、買い手と売り手の間にさまざまなプレイヤーが存在し、流通・販売経路は非常に複雑となっている。この買い手と売り手および、間の各プレイヤーをデジタルの力でつなぐのがアペルザのビジネスとなる。 サービスとしては、買い手向けには、「アペルザ TV」、「アペルザ カタログ」を中心としたメディア事業を、売り手向けには、製造業のセールスマーケティングに特化したSaaS「アペルザ DX」を展開する。「製造業では、見込み客から問い合わせがあるとすぐ売れるという訳ではなく、高価な商品が多いため、必ず営業工程を挟む。この営業工程を最適化するサービス。つくるところで競い合う製造業の中で、意外と差がつく“売る部分”を支援するのがアペルザのミッション」と石原氏。 ソーシャルインテリア:「自分達が困っているから」で始めた家具受発注のDX 家具・インテリア業界からは、2016年に設立されたソーシャルインテリアの代表取締役である町野健氏が登壇。キュレーションメディアである「Antenna(アンテナ)」を立ち上げた町野氏が、次に選んだのが毛色の異なる家具業界である。 ※お詫びと訂正:掲載当初、町野氏のお名前を誤って表記しておりました。おわびのうえ訂正いたします。(2024年5月27日 20:00 編集部) ソーシャルインテリアが最初に手掛けたのは、直販事業となる、個人・法人向けの家具のサブスクリプションサービスだ。日本初の家具の“サブスク”としてビジネスは拡大、続いて同社が取り組んだのが、家具の受発注を効率化するDX事業である。 当時、複数のメーカーから横断して家具を探せる仕組みがなく、「思いついたのは後付け。われわれ自身が困っていて、みんなも困っているよねという考えで立ち上げた」と町野氏。メーカーは、マスターデータを公開しておらず、あくまで紙のカタログが最新。発注側では本来別の仕事のあるデザイナーが、各メーカーの連絡先を調べ、ひとつひとつ電話で在庫確認していたという。 問題はシンプルではあるが、統合的に取りまとめる企業がなかったと町野氏。家具のデータベースを構築して、選定から見積・発注までをワンストップで効率化する業務管理クラウドの展開に至っている。 労働力不足は“マネージャー”や“売り手”から ここからはバーティカルSaaSを手掛ける3社によるディスカッションが交わされた。最初のテーマは“人手不足”だ。 ――(早船氏)まずは、それぞれの業界における労働力不足の現状について教えてください。 木村氏(インフォマート):飲食業界において、分かりやすく人手不足を加速させたのは新型コロナウィルス。外食の自粛により足が遠のき、売上が下がり、飲食店と取り引きする企業も痛手を被った。飲食業界は手元にお金を置かず、取引企業も含めて大きくしていく業界であるため、入口のお金がなくなると一気に影響が拡がる。 そうなると、雇用を続ける余裕がなくなり、自主的に契約社員やバイトを放出せざるえない。一番大きいのは、マネージャーである社員の仕事が増えること。管理・監督・マネジメントに加えて、現場の仕事もこなさなければならず、元々は現場で働いていた社員が多いため、頑張れば回せてしまう。そうした過酷な状況に立たされて社員が業界を出ていってしまうという“悪循環”に陥る。 インフォマートも、各店舗や業態で共通の部分を電子化することで貢献し続けているが、コロナの影響はそれを上回った。 石原氏(アペルザ):製造業も人材不足がうたわれる業界ではあるが、ものづくりの領域はかなりIT化が進んでおり、今後の流通からマーケティング、販売までの“売り手”の人材不足が課題。製造業の3割が間接業務に携わるといわれ、取引の間に存在する商社なども含めると営業に関わる人は膨大になる。 製造業は、40代後半と平均年齢が高く、どの産業よりも先に営業不足に陥る可能性がある。製造業では、顧客管理やSFAの導入率が3%ほどで、人が介在して取引が成り立っていることの裏付けとなる。営業ひとつとっても他業界と異なるため、ホリゾンタルSaaSが入り込みにくい。 何故バーティカルSaaSは少ないのか? ――各業界、アナログであったり人を介した業務があって、そこに対してアプローチしている状況かと思います。実際にどのくらいアナログな業務が残存していたのでしょうか。 町野氏(ソーシャルインテリア):飲食業界はインフォマートさんのおかげでDXが進んでいるなど、解決するサービスの登場によるところもある。バーティカル向けのビジネスは非効率であるため、スタートアップが現れるまで放置されてしまう側面もあるのでないか。バーティカルは大変で、口で言うほど簡単ではない。知りつくしていないと入っていけない。 ―― そもそもが、ITが苦手な人が多く、それを解決する主体も少ないという話ですね。 石原氏:レガシー産業は、マネジメント層に歴史があるゆえに、過去の成功体験を踏襲しやすくて、DXが進まない。ただ、外部環境の変化は、どの業界に対しても影響を及ぼすもので、部分的ではあるものの、DXを進めたのが新型コロナウィルス。例えば、FAXのために出社しなければならない現場を見るに見かねて、われわれが作ったのが“ウェブFAX”。急にひとつの業務だけデジタル化が進んで、そこが突破口になりえることもある。 木村氏:飲食業では、店内におけるDXは、運用やルールなどを改善しながら取り組まれてきたが、こと外のやり取りというのは急に仕事の価値が下がり、後回しになっていた。それがスタートアップにはチャンスということで、インフォマートはマッチングサービスの次に、商取引を攻めている。 また、バーティカルは、その業界を好きな人が集まるのが特徴。逆を言うと「飲食が好きで、飲食をやってきて、飲食を良くしたい」という人が集まってこないともたない。その業界が好きな人材と、業界と一緒になって成長していく必要があり、ビジネスチャンスはあるが、すぐに儲からないし、長い目でみる必要がある。 町野氏:マーケティング・営業の仕方もホリゾンタルとは全然違う。当たり前だが、業界に特化したやり方をとらなければいけない。いきなり知らない人が入っても大変なのがバーティカル。 バーティカルSaaSで成功する秘訣とは? 町野氏:バーティカルSaaSで成功するための秘訣は2つ。ひとつは、その業界が好きな人材をいかに採用できるかということ。もうひとつは、間に入る商社のような、業界のキーとなる企業に、いかに入りこんで、契約してもらうか。それができないと全然伸びない場合もある。 石原氏:私も成功する秘訣を2つ挙げると、ひとつ目は、業界解像度。バーティカルはホリゾンタルと比べて市場が小さく、シェアをとらなければいけない。シェアをとれるプロダクトを作るためには、当然ながら、業界のことを理解するのは必須。 もうひとつは、パッション。業界に特化すると時間がかかる。加えて、レガシーな産業においては、DXの浸透に時間がかかる。時間がかかっても諦めないパッションが必要になる。 木村氏:お二人とは別の話をすると、より長く市場に残るためには、価格も重要。上澄みの顧客だけ価格を変えるやり方は、売上や利益は上がるが、業界全体を見据えておらず、バーティカルでは受け入れられない。海外ベンダーがよく料金改定しているのに憧れるが、日本のバーティカルSaaSではなかなかできない。 あとは、元々業界にいる老舗のベンダーと一緒に取り組むこと。すでに入り切っている企業と同じものをつくるのではなく、一緒に何ができかを考える。後から参入する企業にも方向性を聞いた上で、できれば手を組んでいく。 ――私もバーティカルSaaSの話を聞きますが、その中で共通しているのは“業界信頼”。ディスラプター(業界の破壊者)とみられないようにするのがバーティカルSaaSでは重要だという印象を持っています。 注目のバーティカルSaaSや業界は? 木村氏:商流に業界ごとの慣習がある業界は、大変だけれども標準になりうるチャンスがある。インフォマートでいうと、次は建設がターゲット。4年ぐらい従業員を育てながら、業界に入り込ませるといった準備を進めていく。システムもそうだが、人材も転換しやすいと考えている。 石原氏:製造業では空前のモノ不足なため、それをどうにかしようと購買のプラットフォームが伸びている。購買管理システムはシステムの安定性はすごいが、UIにまだ課題がある。“パンチアウト”とよばれる、使い勝手の悪い購買管理システムから外部のECサイトにつなげて、その情報を基に発注をするという世界が登場している。 町野氏:いちジャンルにつき、いちバーティカルSaaSが立ちあがるという持論があって、例えば車の中古市場向けのDX事業なども伸びている。ジャンルの名前が付くものであれば、すべて可能性がある。 石原氏:アペルザに限っていうと、他業界には拡げず、製造業に集中する。なぜ、地味な工場の取引に注目しているかというと、日本の未来を救う可能性があると信じているから。日本は少子高齢化で今後内需が縮小して、外貨を稼がなければいけない。アペルザは現在、国内で1万社近くの売り手を集めているため、海外の買い手とつなげるべく海外進出に挑戦したい。 文● 福澤陽介/TECH.ASCII.jp