足跡だけ見つかる 研究者泣かせアテノサウルスは何者?ー足跡化石の謎(中)
アテノサウルスの正体を論ずる前に、一つはっきりと断っておきたい事実がある。これだけの大きさに匹敵するであろう骨格の化石は、同時代の地層から今のところ見つかっていない(Hunt and Lucas 2004)。この事実は、こうした問いかけに対する解答をより困難に、そして時にエキサイティングにさせてくれる。(この点は私に言わせると化石研究の「大きな魅力」の一つだ。はじめから答えがはっきり分っていれば、研究する時にやる気もでないだろう。) -Hunt, Adrian P., Spence G. Lucas. 2004. “Large Pelycosaur Footprints from the Lower Pennsylvanian of Alabama, USA” Ichnos 11:39-44. DOI: 10.1080/10420940490428715 結論からいうと、今のところアテノサウルスは、Synapsida(単弓類)に属すると考えられている。このグループは、初期の爬虫類の親戚で、哺乳類の(かなり)遠い祖先にあたるとされる。(時代的に古すぎて哺乳類の「直接の祖先」とは言いにくい。)一般にこの単弓類は、石炭紀後期から(特に)ペルム紀にかけて大型の体を手に入れたと考えられている。アテノサウルスは石炭紀の両生類や爬虫類にしては「大きすぎる」と考えられている。 しかしこの「原始的な単弓類」という判定も、(私の知る限り)今のところあくまで提案にすぎないようだ。例えばアテノサウルスの薬指は、上の写真でも分かるように、大きく曲がっているのが分かる。こうした形態は、古生代の単弓類の骨格化石において、今のところ確認されていないそうだ(Hunt and Lucas 2004)。アテノサウルスだけ、特別な足の形態をもっていたのだろうか? そして、アラバマから一番たくさん見つかる脊椎動物の足跡は、(私の経験上)シンコサウルス(Cincosaurus)だ。シンコサウルスの足跡は、アテノサウルスのものと比べると極端に小さい。そのため基本的に両生類の仲間と考えられている。しかし、興味深いことにこのシンコサウルスが、もしかすると「アテノサウルスの幼体(=子供)ではないか?」というアイデアが一部の研究者から提出されている(Haubold等 2003)。 -Haubold, H., Allen, A., Atkinson, P., Lacefield, J., Minkin, S., and Relihan, B. 2003b. Interpretation of tetrapod footprints from the Early Pennsylvanian of Alabama. In Buta, R., Rindsberg, A. K., and Kopaska-Merkel, D. (eds.), Pennsylvanian footprints of the Black Warrior basin in Alabama: Alabama Paleontological Society Monograph 1: 75-111. 果たしてアテノサウルスとは何者なのだろうか? 謎は深まるばかりだ。 足跡化石というものは、一般に化石記録においてたくさん見つかる。しかし、直接得られるデータには限りのあることが多い、特にトラック・メーカーの正体がはっきりしないと、「たくさん見つかれば見つかるほど謎が深くなる」という、ジレンマさえ生じる。(まるでどこかの禅問答のような響きだ。)古生物学者にとって目くらましとなる可能性すらあるかもしれない。 次回にその具体的な例を紹介してみたい。