東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典 Vol.12
辞典とは、言葉や漢字を集め、一定の順序に並べ、その読み方・意味・語源・用例などを解説した書(「広辞苑」より)。1960年代に小劇場と呼ばれる演劇シーンが立ち上がってから約半世紀超、小劇場を愛する演劇人や観客たちが独自の文化を形成してきた。「東葛スポーツ・金山寿甲の小劇場用語裏辞典」では、小劇場で使用されるさまざまな演劇用語を、岸田國士戯曲賞受賞作家の東葛スポーツ・金山寿甲が新たな角度で解釈する。 【画像】金山寿甲(撮影:田中大介)(他3件) 最終回となる今回は、昼公演・夜公演を表す「マチソワ」、小劇場関係者の間で有名な「東商ビル診療所」、アーティストや企業などがコラボレートする際に用いられる「◯◯×◯◯」について解説する。 ■ まえがき “演劇には演劇用語がある。医学には医学用語があり、数学には数学用語があり、哲学には哲学用語があるのと同様である。そして、医学を怪しむためには医学用語を、数学をせんさくするためには数学用語を、哲学をもてあそぶためには哲学用語を知っておいた方がいいように、演劇とおつきあいするためには演劇用語を知っておいた方がいい。” ……というまえがきから始まるのは2003年に出版された別役実著「うらよみ演劇用語辞典」です。小劇場には小劇場用語があります。小劇場とおつきあいするためには小劇場用語を知っておいた方がいいですし、知っておいていただくことで望まないおつきあいをしなくても済むのかと思います。 ■ 索引「マチソワ / 東商ビル診療所 / ◯◯×◯◯」 □ ・マチソワ 演劇用語では、昼に行われる公演のことを「マチネ」、夜に行われる公演のことを「ソワレ」と言います。小劇場演劇では、土曜日曜にはステージ数を稼ぐために昼と夜の2回公演が行われるのが通例であり、そのことをマチネとソワレをくっつけて「マチソワ」と言います。 「マチネの終わりに」という小説を僕は読んでいないのですが、調べたところ恋愛小説だそうです。「マチネの終わりに」はイコール「ソワレの前に」でもあります。ソワレの終わりにならまだしも、マチネが終わったくらいで恋愛にうつつを抜かしてはいられません。マチとソワの間の2~3時間をいかに過ごすかが大切になってきます。 ヨガマットのようなものを持ち込んで、舞台セットの裏で仮眠して体力回復に努める川﨑麻里子さんのような俳優さんもいれば、もんじゃ焼きを食べに出かけるナカゴーの髙畑遊さんのような猛者まで、過ごし方は様々です。僕が以前ナカゴーに出演したときには、会場のあった町屋が家から駅4つだったこともあり、一度帰宅して息子をお風呂に入れてからソワレに臨みました。 □ ・東商ビル診療所 東商ビル診療所とは、小劇場関係者であれば誰もが知る耳鼻咽喉科の病院で、喉を枯らしてしまった俳優たちの駆け込み寺のような場所です。かく言う私もその節には大変お世話になりました。2019年6月、神保町花月(現在は神保町よしもと漫才劇場)で上演されたナカゴーの鎌田順也さん作・演出による「予言者たち」に、サルゴリラの赤羽健壱さんの代役として僕が出演したときのことです。 吉本興業の名だたる芸人さんや、川上友里さん、髙畑遊さん、川﨑麻里子さんなどの鎌田さん作品に欠かせない強者たちに、せめて声の大きさだけでは負けないようにという浅はかな考えが仇となり、上演を重ねた公演日のある朝、声が全く出なくなってしまったのです。仲間に相談すると、東商ビル診療所で治療を受けるようすすめられました。僕はすぐに金町から千代田線に乗り込み、二重橋前駅へと向かいました。 診察が始まり、僕が「舞台で大声を出して喉をやってしまって……」と蚊の鳴くような声で伝えると、医師から「舞台って、戦争ものかなにか?」と聞かれ、一瞬「?」となったのですが、僕の坊主頭を見て旧日本兵の役と思ってるんだなと気づきました。しかし、弁解する声を失っていた僕は、その質問に対して大きく頷くことしかできませんでした。処方された薬を飲み数時間もすると朝の状態が嘘のように声が出せるようになり、その日のソワレを無事に演じることができました。 □ ・◯◯×◯◯ 12月10日と11日に、国際交流基金さんの事業による舞台芸術国際共同制作として、ニューヨーク在住のアーティストS.Leeさんとのコラボ公演(ワークインプログレス公演)を行いました。僕はこれまで誰かと共同で作品を制作するという経験がなく、S.Leeさんとうまくコラボレートできるか心配だったのですが、手前味噌ながらなかなか面白い作品になっていたとホッと胸を撫で下ろしたところでです。 「金山寿甲×S.Lee」のように、コラボを表すときには◯◯と◯◯の間に×が入ります。+(足す)ではなく×(かける)です。ですので、+(足し算)以上の相乗効果を生み出さなくてはならないという意気込みで創作にあたりました。そして、もしこのコラボ公演が成功(僕が思うなりの成功)したら、自分にご褒美をあげようと考えていました。そのご褒美というのは、TRAVIS SCOTT×FRAGMENT×NIKE AIR JORDAN1 LOWです。会場のPLAT SHIBUYAからSNKRDUNKの実店舗であるスニダン原宿までは徒歩10分圏内で、マチソワ間で十分に買い物できる余裕があります。ところが、自身の設定した成功値を超えた上演ができたと思った僕は、自分へのご褒美も上方修正すべきだろうと考えました。そこで僕は、目的地をスニダン原宿から青山にあるクロムハーツに変更しました。行ってみたら、例によって店内の商品はすっからかんの在庫×(バツ)でした。 今回のコラボでは、足し算以上のものが作れたと僕は思っています。S.Leeさん、そして出演の李そじんさんとラッパーのFUNIさんに心より感謝します。「SASUKE2024 ~第42回大会~」が始まったのでこのあたりで。 ■ 金山寿甲 プロフィール 脚本家・演出家。演劇ユニット・東葛スポーツ主宰。ラップやサンプリングなどヒップホップからの影響と、俳優が本人役で出演するなどリアルとフィクションが交錯する作風が特徴。2023年、「パチンコ(上)」で第67回岸田國士戯曲賞を受賞した。