〈中国「認知戦」の正体に迫る〉流出文書を追った調査報道、ネット空間はすでに戦時にある
処理水放出で起こした「認知戦」
日本を標的にした「認知戦」の代表的な例が、東京電力福島第1原子力発電所(1F)からの処理水の海洋放出に関する、太平洋に広がる様子の動画を使ったフェイクの投稿である。この動画はそもそも原発事故が発生したときに、放射線がどのように広がっていくかのシミュレーションのものだ。それを処理水と偽ったのである。 調査会社・JNIによると、最初の投稿はi-SOON文書でみつかったX(旧Twitter)のアカウントで、2018年12月から不信な動きを見せていた。2300回のリポストがなされ、表示件数は約90万回という膨大な数になった。 しかも、拡散にかかわったアカウントの半数は、ポッド・アカウントつまり人を装っているが実態はプログラムで動いているものだ。
カナダのジャーナリスト・グレアム・ウッド氏から「認知戦にかかわっている軍の幹部が分かった」という情報が、取材班に入った。「彼は中国の軍事アカデミーに20年以上所属している高位の軍人です。3年前にカナダに移住した戦略支援部隊の元中佐です」と。 この部隊は、「認知戦」を担っている。 取材班は、その元中佐のもとを訪れて取材を申し込む。しかし、弁護士と相談して後日改めて、といわれたものの連絡はなかった。 アメリカに6年前に亡命した、人民解放軍海軍の元中佐である、姚誠氏のインタビューに取材班は成功する。姚氏は、いまでも中国の軍人同士のチャットを手に入れるなど、現在も軍の人脈を通じた「認知戦」にも明るかった。 「現代そして未来の戦争において、情報化は人民解放軍の改革の要です。いまの西側諸国と中国との根本には、価値観やイデオロギーの隔たりがあります。そこで『認知戦』が重要になるのです。現在を正確に理解するなら、戦争はすでに始まっていて、ただ目の前でミサイルが発射されていないだけなのです」と。
すでにサイバー空間で戦争は始まっている
日本も連携している「NATOサイバー防衛協力センター」において、演習プログラム担当のエイドリアン・ヴェネブルス博士は次のように語る。 「現在のサイバー空間では、平時と戦争の区別がありません。スマートフォンなどでネットにつながっているすべての人がこの脅威を自覚すべきです。サイバーセキュリティは専門家のものではなくすべての人に求められるのです」 アメリカ大統領選挙において、中国とロシアによる「認知戦」が明らかになっている。日本はどうか。総選挙ばかりではない。「認知戦」に対応する組織、人材は十分だろうか。人々の認識も新たな“戦争”に対応できているだろうか。 1Fの処理水をめぐって、中国がしかけたであろう、フェイクニュースをFacebookで知的レベルが低いとは思えない人が流していたのを見たことからすると、日本の分断を狙う海外の勢力は虎視眈々と列島を狙っているのは間違いない。 今回の番組の調査報道は、さまざまな課題と問題を考えさせてくれた。1Fの報道特集のように、書籍化が待たれる。
田部康喜