『ヒットマン』リチャード・リンクレイター監督 ジャンルを合体させて見たことのないものを【Director’s Interview Vol.430】
リチャード・リンクレイター監督、待望の最新作は、『トップガン マーヴェリック』(22)『ツイスターズ』(24)とノリに乗っている俳優グレン・パウエルを主演と共同脚本に迎え、偽の殺し屋に扮したおとり捜査官として、警察に協力した人物の実話にインスパイアされた物語。 ノワール、ロマンス、スリラー、強盗、コメディ……と、さまざまなジャンルの要素が少しずつ組み合わさっている本作『ヒットマン』は、実験的な作品からエンタメ作品まであらゆる分野にチャレンジし成功を収めてきたリンクレイター監督の真骨頂ともいえる。リンクレイター監督はいかにして本作を作り上げたのか。オンラインで話を伺った。
『ヒットマン』あらすじ
ニューオーリンズで2匹の猫と静かに暮らすゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)。彼は大学で心理学と哲学を教える一方で、地元警察に技術スタッフとして協力していた。ある日、おとり捜査で殺し屋役となるはずの警官が職務停止となり、ゲイリーが急遽代わりを務めることに。これをきっかけに、依頼者を捕まえるためにさまざまな姿や人格に変身する才能を発揮し、有罪判決を勝ち取るための証拠を引き出し、次々と逮捕へ導いていく。 ところが、支配的な夫との生活に傷つき、追い詰められた女性・マディソン(アドリア・アルホナ)が、夫の殺害を依頼してきたことで、ゲイリーはモラルに反する領域に足を踏み入れてしまう。セクシーな殺し屋ロンに扮して彼女に接触。事情を聞くうちに、逮捕するはずの相手に対し「この金で家を出て新しい人生を手に入れろ」と見逃してしまう……!そして二人の関係はリスクの連鎖を引き起こしていくことに。
ダイヤルを回すようにバランスをとる
Q:ゲイリーが心理学と哲学の先生であることで「偽の殺し屋」ぶりが徐々に説得力を増してきます。大学での授業シーンも丁寧に描かれていましたが、意図したものがあれば教えてください。 リンクレイター:確かにとんでもない設定ですが、よく考えると合点がいくんです。偽の殺し屋をやっている人間が心理学をやっていてユング派に傾倒している。そしてとても思慮深い。そんな彼が潜入捜査官として他人の仮面を被ることになる。その裏付けには納得させられますよね。それもあって、授業シーンはこだわって演出しています。 映画というメディアは様々な職業を描くのにすごく効果的。人がどんな仕事をしてどんな生活を送っているのか、それをビジュアルで見せることで、その人自身のことが分かるようになる。そんな職業モノの映画でこんなにブッ飛んだ話はない(笑)。教授をやりながら偽の殺し屋をやっているなんて、すごく掘り下げ甲斐があるし、ダークコメディにするには格好のネタだと思いました。 Q:殺し屋になる際に、スイッチが入ったかのように豹変する演出がなかったこともリアリティがありました。特に後半はゲイリーとロンが混ざり出している感じも面白かったです。そのあたりは綿密に計算されたのでしょうか。 リンクレイター:グレン・パウエルには、ゲイリーとロンそれぞれの要素をダイヤルを回すように微調整しながら演じてもらいました。ロンを演じているときも根本にはゲイリーがあるわけで、“外交的で自信がついたゲイリー”であるかのような塩梅をお願いしました。後半に行くに従って、ロンの要素がどんどん多くなっていき、ゲイリーとして教壇に立っていてもロンの部分が醸し出されてくる。カリスマ的な教授に見える瞬間が出てきたりもします。一方ロンを演じていても、つい月の満ち欠けの話をしてしまったりと、どこかにゲイリーが見え隠れする。でもそこが、マディソンが気に入っているところでもあるわけです。そしてゲイリーは最終的に、自分とロンのバランスをうまく取ることになっていく。 ゲイリーは決して多重人格者ではないので、そことの差別化は気をつけました。こういった偽の殺し屋の存在はまるで都市伝説のようですが、そもそも多重人格説についても都市伝説じゃないかなと。色々と本を読んだのですが僕はそう思いますね。 Q:マディソンを演じたアドリア・アルホナが「リチャードは即興を嫌っていて、綿密なリハーサルを行なったのが意外だった」とコメントしています。あなたにとってリハーサルはどんな効果をもたらすものなのでしょうか。 リンクレイター:芸術はどれもそうですが、よほどの天才でない限り、繰り返しやっていくことでより良いものになっていきます。例えば音楽の場合、もっと出来ることはないかとトラックを重ね、試行錯誤しながら一つの曲を作り上げていく。映画作りも同じです。自分からもアイデアが出てくるし、役者やスタッフから出たアイデアも取り込みたい。このシーン、このセリフを最良のものにしようと、皆で検証を重ねながら作っていきます。成り行きに任せてランダムにやるのは怠慢以外の何ものでもない。たまに稲妻が落ちて来たかのような奇跡が起きることもありますが、そんなことは稀ですよね(笑)。 作品のトーンに一貫性を持たせるためにも、土台からしっかりと構築する必要がある。映画ほど手間暇かけて作られたものはありません。見た目はすごくナチュラルですが、裏では色んな要素が丁寧に積み重ねられているんです。