静かな部屋へ案内してくれい(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「隣室」です *** 『上方落語 桂米朝コレクション6 事件発生』に収められた一席が「宿屋仇(がたき)」。 日本橋と書いて、東京ではニホンバシ、大阪ではニッポンバシ。その大阪の方の宿屋にやって来たのが、五十前後の立派な侍。前の晩は岸和田で宿をとったが、ここがひどかった。ひと部屋に何人も押し込んだ。 〈巡礼が詠歌を唱えるやら、六部が経を読むやら、駆落ち者がいちゃいちゃ申すやら、相撲取りが歯ぎしりをかむやら〉で眠れなかった。これはつらい。たまりませんね。 そこで侍は、店の者に金を渡し、狭くてもいいから、とにかく〈静かな部屋へ案内してくれい〉と、いいます。 かしこまりました――と簡単にうけ合い、侍を通した後にやって来たのが、威勢のいい若い衆の、しかも三人連れ。いいかげんな店の者は、この連中を、侍の隣の部屋に入れてしまいます。 どういう展開になるかは分かりますね。最後の落ちに至るまで、噺は聴き手の予想通りに進みます。だからこそ、これは演者の芸をより味わえるものになっています。 この本には、〈口上〉と題された、米朝ならではの懇切丁寧な解説が付されています。落語ですから、本来の話芸としても、ぜひ楽しんでいただきたいと思います。人気のある演目なので、数多くの演者のCDが出ています。 なお、関西では「宿屋仇」、東京では「宿屋の仇討」という題で演じられます。 [レビュアー]北村薫(作家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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