なぜアメリカで大ヒット? 映画『シビル・ウォー』の“本当と嘘”とは? 軍事ライターがわかりやすく解説。考察&評価レビュー
無数の「分断」で切り刻まれたアメリカの現在
それではアメリカの観客が、本作をフィクションとして楽しんだのかと言えば、そんなことはない。むしろ党派性という、現実社会で自らの主張を正当化してくれる鎧を剥がされてしまったスクリーンの中の世界から突きつけられる純粋な暴力の連鎖は、目を背けたくなるようなものばかりであるからだ。 アメリカが本当に直面するかも知れない次の「内戦」は、歴史で習った南北戦争のような形にはならない。南北戦争は同じ合衆国でありながら、経済構造が全く異なる北部諸州と南部諸州が、その生産原動力である黒人奴隷の処遇という、経済の根幹に関わる問題で「分断」され、戦争状態となった。両陣営にそれぞれ一定の社会や文化、経済、政治的なまとまりがあったため、内戦は州を単位とする国家間戦争のような形になった。 そして自らの正義を信じて戦争を選び、敗れた南部諸州とその住民は奴隷制廃止を受け入れ、戦勝国の北部が押しつけてくる流儀に従うしかなかった。それは屈辱ではあったが、まず全力の戦争に敗れたという現実。そして再統一されたアメリカ社会が空前の繁栄を遂げたことにより、南部の復興は早く、挫折した南部の住民にも多くのチャンスが与えられたことで、内戦の傷は癒やされ、今の「強いアメリカ」に繋がるのである。 翻って、今のアメリカ社会は、すでに無数の「分断」で切り刻まれている。大きいところでは共和党と民主党という、支持する大統領に対する党派制から、人種、職能と経済的格差、超富裕層の存在、学歴、ジェンダー、老人と若者、そしてなにより不法入国してくる移民に対する態度など、ありとあらゆる層に発生している。 加えてLGBTQIA+やポリコレなどの価値観を巡る対立は、ネットを通じて増幅されたエコーチェンバーとハレーションに毒されすぎて、もはや対立する者の間では、同じ言葉を話していても、会話や議論が成立しない状況になって久しい。 敵対者を銃で撃て! そんな内戦に陥ったその日のうちに、隣人が自分を襲いに来るかもしれず、あるいは自分とは全く相容れない主張をするインフルエンサーを、「社会の害悪になる言説をまき散らす悪の手先」よろしく一方的に憎み、彼らへの処刑命令が下される日を指折り数えて待ち焦がれている人間がうようよいるような社会なのだ。