なぜアメリカで大ヒット? 映画『シビル・ウォー』の“本当と嘘”とは? 軍事ライターがわかりやすく解説。考察&評価レビュー
「強いリーダー」を求めるアメリカ人
戦争という狂気の時代にも、正気を保って暮らす人々は存在する。本作でもWFと政府軍の内戦に一切与せず、どちらの陣営に協力するのも拒否して、自分たちの普段の暮らしを守る、奇跡のような平穏で清潔な町も存在する。 だが、なぜそのような町が戦場のど真ん中で存在しうるのか、その真意はぜひ映画の中で確認してほしい。 もちろん、アメリカのような豊かな強国が一夜にして内戦状態になると本気で考えるのは、政治学者や専門家の中でも極少数派だ。しかしバーバラ・F・ウォルターは、アメリカ社会が内戦の手前で民主主義を放棄して、専制主義が行使される可能性は無視できないと危惧している。 例えば人種を主要な価値基準とするならば、白人コミュニティーが取り返しが付かないほど社会的弱者に転んでしまう前に、既得権益を固定化して独裁を敷くという考えだ。 サダム・フセイン時代、少数派のイスラム教スンニ派が多数派のシーア派を支配していたイラクは、そんな成功例の一つだが、2003年のイラク戦争でサダム・フセインが排除された結果、イラクはあっという間に内戦状態に陥り、いまだ解決を見ていない。 だから『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の大統領が統治する、専制主義的なアメリカというのは、きっと絵空事ではないし、今の分断状態が続くなら、いっそ独裁国家になってくれた方が良いと考える人間はかなりの割合で存在する。 無論、その世界では、自分は支配者の側であるのだが。
日本にとっての「強すぎる兄貴」アメリカの懊悩
世界最強の軍事大国、アメリカが内戦状態になった世界では、当然、濃密な戦闘シーンが描かれ、戦場描写や戦うアメリカ人の姿は、リアルを極めている。しかし本作の見どころは、そうしたミリタリー描写ばかりではない。やはり注目すべきは、首都ワシントンを目指して危険な戦場を走る4人のジャーナリストである。 彼らの役割は、観客に代わって戦場に飛び込んでゆくことにある。特に駆け出しフォトジャーナリストのジェシーは、もっとも観客に近い立場だろう。戦場のリアルを知らず、しかしカメラという手段でそれを伝え、戦場フォトジャーナリストとして認められたいという,若者らしい強い野心もある。戦争は既存の秩序を壊し、新参者にチャンスを与えるのもまた事実。彼女の未熟な野心が、とくにチームを危険にさらすのだが、特に運命は無鉄砲さと一途な思いから大きく変化する。 記者のジョエルはもっぱらナビゲーター、そしてメインドライバーとしてチームをサポートするが、いざ戦場に入れば、ポジティブな判断力と、独特の嗅覚で危機を克服し、あるいはチャンスを切り開いていく。言い方は悪いが、戦争の中でこそ精神状態が高く保たれ、才能が開花する人物がいるのも確か。彼の生き様に共感する観客は多いはず。 ベテラン記者のサミーは老齢で肥満ゆえ脚も悪く、とても最前線を抜けて行くような冒険に同行できる状態ではない。それでも行くのは晩年を迎えつつある自身のキャリアを賭ける意味を見出したから。そして彼の豊富な経験に裏付けられた判断が、チームに不可欠なものであることが、やがてはっきりする。戦時下で、老人は決して無力な被害者ではないのだ。 そしてカメラマンのリーは、世界的に名を知られた戦場フォトジャーナリスト。ジェシーの憧れの存在でもある彼女は、爆弾テロの現場にたまたまジェシーと居合わせた偶然から、チームへのジェシーの同行を認める。最初はどんな戦場でも冷静沈着に職務を遂行するリーに、ジェシーは萎縮し、圧倒されるばかりであった。 しかしこの過酷な旅を続けるうちに、最前線の戦場カメラマンと不可分の選択、つまり「助けるべきか、撮るべきか」の選択を突きつけられ続ける中で、リーとジェシー、二人の関係性は大きく逆転していくことになる。 アメリカという、世界最強の軍事大国を舞台にした内戦というテーマ。それだけに軍事マニアも腕組みするような演出や展開は各所にあるが、そこに質感と体温が伴うのは、それぞれ個性と動機が粒立っている主要人物の存在があるからだ。我々、日本人は、本作のテーマをアメリカ人ほど身近に感じとりながら見ることは難しい。 しかし80年前までは不倶戴天の敵として互いに殺し合い、それから戦後は一貫して、世界で最も強固な同盟関係のパートナーとして頼り続けてきた「強すぎる兄貴」――アメリカが直面している懊悩を、この映画はなによりも強く我々に教えてくれる。 【宮永忠将 プロフィール】 昭和48年生まれ。上智大学文学部史学科卒業、東京都立大学大学院人文科学研究科中退後、雑誌編集者、Waargaming.netの品質保証担当などを経て、現在はフリーランスで執筆、編集、翻訳や映画、アニメーション、ゲーム作品の監修などを手がけている。第二次世界大戦を中心に軍事全般を扱うが、現在は世界的に進む欧州戦史の再評価を咀嚼して、日本のミリタリーシーンに紹介する活動に力を入れる。主著『ウォーズ・オブ・ジャパン』(偕成社)、『ファンタジー世界構築教典』(宝島社)など。YouTube「宮永忠将のミリタリー放談」を運営中。
宮永忠将