コーヒーで旅する日本/四国編|ユニークな提案の数々で、松山の新たなカルチャースポットを目指す「Pieceful Coffee Roaster」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】エスプレッソマシンはスレイヤー。マニュアルのシングルタイプは松山ではここだけ 四国編の第28回は、愛媛県松山市の「Pieceful Coffee Roaster」。店主の島田さんは、母親の地元である愛媛の土地柄に惹かれ、愛知県から移住して開業。当時、ロースターはほとんどなかった松山で、「街のコーヒーシーンの転換点に自分も関われたらおもしろい」と、自らの直感を信じて、新天地でゼロからのチャレンジを選んだ。松山のニューカマーの一人となった島田さんは、これまでに界隈になかったコーヒーの提案で個性を発揮。さらにナチュラルワインやクラフトチョコレートといった多彩な食の楽しみも紹介するなど、新たな刺激に出合える街のカルチャースポットとして存在感を高めている。 Profile|島田康寛(しまだ・やすひろ) 1982年(昭和57年)、愛知県生まれ。会社員時代に、名古屋のトランクコーヒーでスペシャルティコーヒーの風味に衝撃を受けたのがきっかけで、自らもロースターを志す。名古屋のコーヒー店に勤め、焙煎の技術を学んだあとに、母の出身地である愛媛の土地柄に惹かれ、松山に移住。2021年に「Pieceful Coffee Roaster」をオープン。コーヒーとともにナチュラルワインも提案し、広く食に関わるイベントも開催。 ■開業への原点にあった両親の喫茶店の記憶 JR松山駅から歩いて5分ほど。小さな商店とオフィスが点在する一角に店を構える「Pieceful Coffee Roaster」。市内の繁華街にもほど近く、コーヒースタンドには好立地。と、思いきや、「ここは駅前で、市街に向かう通り道という感覚でいましたが、地元の方に聞けば、実はどちらかというと街はずれ。皆さん車移動が多いので、わざわざ来る場所だという。何でここでお店を?と怪訝な顔をされる方もいました(笑)」。そう話す店主の島田さんが、松山に移り住んだのは6年前というから、地元の感覚を知らないのも当然だ。本来は街の中心部での開店を考えていたものの、断られ続け、偶然の縁で見つけたのが“街はずれ”のこの場所だった。それでも、「古くからの商店街の端っこにあたるので、その一部になれたら楽しそうという思いもありました」と、このロケーションもまた魅力の一つと捉えている。 島田さんの出身である愛知県は、独特の喫茶文化で知られる土地柄。両親もかつて喫茶店を営んでいたことが、この道に入る原点にある。「自分が高校生になるくらいまで続けていて、店のことは思い出に残っていました。なくなったあとも、時折、両親が、喫茶店をしていたときは楽しかったと話しているのを聞いていたので、漠然とカフェ、喫茶店という選択肢が頭の中に残っていたんです」。長じて、一度は会社勤めも経験したが、名古屋の人気コーヒーショップ・トランクコーヒーで、スペシャルティコーヒーと出合い、「こんなコーヒーがあるのか」との衝撃を受けたことで一念発起。地元のコーヒー店に転身し、自らもロースターへの道を模索し始めた。 ただ、修業先では焙煎に携わることができなかったため、県内外の焙煎セミナーや勉強会などに参加。ほぼ独学で学ぶなかで、助け舟が現れる。「当時は焙煎を教えてくれる店があまりなかったんですが、方々に聞いて回るなかで、名古屋の“街と珈琲”という店のマスターが二つ返事でOKしてくれて。技術を見せてもらって、実際に練習もさせてもらえたことで、大きく道が開けました」と島田さん。これをきっかけに、他店のイベントのサポートなどにも参加して、同業のコミュニティも広がったが、「名古屋のコーヒーシーンは確立されていて、5、6年前の当時、名古屋もコーヒー屋ができすぎているという人いました」。自分の店を持ちたいと思ったときに、地元ならすでに培ったつながりを活かせたが、店の数は飽和状態。そこで思い浮かんだのが、幼少時から帰省で訪れていた、母親の出身地の愛媛だった。 ■肌で感じた松山コーヒーシーンの転換期 「祖父母の家を訪ねたときのことを思い出して、直感的に住んでみたいなと思ったんです。タイミングが合ったときに1年くらい松山に住んでみると、すごく気候が穏やかで、風景や食べ物もすてき。周りの人も優しく、人情を感じました」と振り返る島田さん。松山に住み始めた5年前、界隈にカフェはあったが、ロースターはほとんどなく、新しいコーヒースタンドができ始めた時期。ちょうど街のコーヒーシーンの転換点が来つつあるのを肌で感じた。 「街の住みやすさ、楽しさに加えて、変わりつつあるコーヒー店の中に、自分も関われたらおもしろいと思って。地元には同業の知り合いのつながりもあって基盤ができていたが、愛媛の土地柄に惹かれて、チャレンジするときではと思い、移住したときにここでやろうと決めました」。このときに感じたおもしろさに導かれて誕生したのが、「Pieceful Coffee Roaster」だ。 とはいえ、誰も知り合いはいないため、一からコミュニティを作るとこからスタート。「移住当初はコーヒー店の出身者が独立するパターンが多かったですが、開店後の最近は異業種から転身する人も増えてきました」と、松山でコーヒーショップがビジネスとして注目されるようになったのが、この1、2年のことだという。まさに絶妙なタイミングで、松山のニューカマーの一人となった島田さん。コーヒーの提案も、これまで界隈になかった個性を発揮している。 シングルオリジンのみ5、6種の豆はいずれもユニークな風味を持つ品種やプロセスが目を引く。メニューは時季ごとに入れ替わるが、定番となっているのが、ドミニカ・プリンセサワイニーナチュラルとエチオピア・グジの2つ。とりわけドミニカは、定番とする店は少ないが、ここでは多くのリピーターを獲得し、いまや一番人気に。「以前から、ドミニカは深煎りを置いているとこが少なく、浅煎りとは別のよさがあるのを知ってほしかった。土地柄、深煎り嗜好も強いので、当初は深煎りのみで出していたのですが、最近はお客さんのリクエストがあり、浅煎りと深煎りの2種の焙煎度で用意しています」。開店1年ほどで、徐々に浅煎りのテイストも好評を得るようになり、中煎りにしていた豆の焙煎度を浅めに変えていくなど、お客の好みに細やかに応えて、嗜好の幅を広げている。 ■新たな刺激に満ちたカルチャースポットを目指して さらに豆だけでなく、ドリップコーヒーの提供にも趣向を凝らす。注文時に3種の器具からチョイスが可能で、すっきりとした風味に仕上げるハリオ、金属フィルターでオイルのコクも楽しめるコレス、抽出に時間をかけ旨味を引き出すユニオン匠と、味わいの傾向に合わせて使い分ける。件のドミニカの深煎りも、ユニオン匠で抽出するとこっくりと濃厚な飲み応えに、ハリオなら繊細な香りと切れのある後味に。同じ豆で抽出の違いによる変化を楽しむのも一興だ。たとえば、人気のドミニカの深煎りをユニオン匠で抽出すると、ワイニーな酸味がより濃厚な味噌を思わせるコクに変わるのがおもしろい。 エスプレッソも専用のブレンドは置かず、好みの豆でオーダーが可能。独特の発酵香を持つアナエロビックなど、個性的なプロセスの豆はエスプレッソにすると、さらに風味のインパクトが際立つ。また、1+1という暗号のような新メニューも昨年から登場。「去年、台湾のコーヒー店で見知って、取り入れました。元々はオーストラリアのローカルメニューで、エスプレッソとラテドリンクをセットにして味の違いを楽しむというもの。ここでは焼菓子を添えて砂糖代わりにしたり、ディップしたりで楽しめるようにしています」と、海外のカフェカルチャーも楽しめる。 また、コーヒーとのお供に人気なのが、オリジナルのチーズケーキ。上面に振ったカソナードを炙った、斬新なブリュレスタイルが話題を呼び、店の代名詞として定着。「愛媛にないテイストを狙った一品。SNSでいつの間にか注目を集めていて、特に女性に人気です」と島田さん。ほかにも、メルボルン発のクラフトチョコレート・MÖRK CHOCOLATEや、愛知のインポーターから仕入れるナチュラルワイン、カップのブランドに至るまで、界隈にはない多彩な楽しみを紹介し、新風を吹き込んでいる。 「普段から食べ歩きが好きで、コーヒーもその中の一つ。シェフを呼んでのイベントを企画したり、間借り営業に貸し出したりすることもあります。先々はギャラリーのように展示もしたい。作家さんに聞くと、個展はハードル高いから気軽に入れる場がほしいという声も聞いたので。新たな刺激があるカルチャースポットになれたら」と島田さん。一方で、同業者や開業志望者のサポートやシェアローストなど、コーヒーシーンへの貢献も惜しまない。 「県外から来て店を始めてみると、愛媛でコーヒーを勉強したい人は県外に行くことが多いと感じたので、ここで関心を持つ人に伝えていきたいし、楽しんでもらえる場にしたい。そこで、今月から朝活的なセミナーも始めました。開店前の1時間、初めてコーヒー入れる人に抽出を見てもらったり、お悩みを解消したり、軽い内容から始めて広げていきたい」と構想を温めている。街はずれと思われていた界隈は、わざわざ訪れたくなる目的地に変えつつある。 ■島田さんレコメンドのコーヒーショップは「ICOI COFFEE」 次回、紹介するのは、同じ愛媛県松山市の「ICOI COFFEE」。 「店主の佐々木さんのコーヒーに対するひたむきな情熱と勤勉な姿勢は、松山の同業者として尊敬しています。開店以来、佐々木さんご夫妻の人柄に惹かれて通うお客さんも多く、全国的にも注目される一軒。これから、愛媛のコーヒーカルチャーを牽引するお店だと感じています」(島田さん) 【Pieceful Coffee Roasterのコーヒーデータ】 ●焙煎機/ディードリッヒ 5キロ(半熱風式) ●抽出/ハンドドリップ(ハリオ、コレス、ユニオン匠)、エスプレッソマシン(スレイヤー) ●焙煎度合い/浅~深煎り ●テイクアウト/ あり(550円~) ●豆の販売/シングルオリジン5~7種、100グラム950円~ 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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