傘寿を前に母校訪問 66年ぶりにあこがれの完全給食も 鹿児島県南九州市
鹿児島放送
皆さんは小学校を卒業してから今、何年経っていますか?南九州市で7日、卒業から「66年ぶり」に母校を訪れた卒業生達がいました。 ■卒業生■ 「わたしたちおじいちゃん、おばあちゃんは、この学校を66年前に卒業しています」 鹿児島県南九州市の粟ケ窪小学校を訪れたのは、1959年=昭和34年の卒業生14人。御年78歳です!この日のために、県内はもちろん神奈川や広島からも駆け付けました。 ■卒業生■ 「この先生が担任の先生だった。山口先生」 卒業生が見入っているのは卒業写真。現在、粟ケ窪小学校の全校児童は40人たらずですが、当時は1クラスが50人ほど。全校児童あわせると今の10倍、およそ400人が通っていたそうで、懐かしい写真に思い出話がつきません。 ■卒業生■ 「これがわたしかな?そうだよ。この頃は(髪が)ふさふさだった」 「この先生は入れ歯だってうわさだった」 「(今は)自分達がおばあさんになった」 給食も子どもたちと共に味わいました。当時、給食は週に1~2回。脱脂粉乳をお湯でといたものだけだったそう。あこがれの完全給食に参加者は目を細めていました。 ■卒業生■ 「おいしかった。給食は(当時)週に1回くらいだった」 「昔はこんなのはなかった」 植えているのはチューリップの球根です。学校への恩返しにと卒業生が企画したもので、球根や土、鉢などは卒業生のみなさんからのプレゼントです。 ■児童■ 「植えるのはちょっと難しかったけど、出来てよかったし楽しかった」 「チューリップが植えられて楽しかった」 チューリップは来年、卒業式や入学式の頃色とりどりの花を咲かせる予定で、ふるさとを思う素敵な思い出になったようです。