『海のはじまり』古川琴音、水季の脆さを涙で見事に表現 “母性愛"に一石を投じた回に
母親から子どもへの無償の愛は存在するのだろうか。フジテレビ系月9ドラマ『海のはじまり』第7話は、ときに当たり前のように語られる「母性愛」という概念に一石を投じた。本作の中で描かれる母子関係は、理想化された美しいものではなく、現実の複雑さと葛藤に満ちている。結局のところ、親子の愛情とは一方通行ではなく、互いに影響し合い、時に衝突しながらも育まれていくものなのかもしれない。 【写真】横並びで立っている夏(目黒蓮)と弥生(有村架純) 夏(目黒蓮)は、海(泉谷星奈)と一緒に弥生(有村架純)のマンションへ向かう。弥生は下準備していたコロッケを冷蔵庫から取り出し作り始める。コロッケは家で作るとお金も時間もかかる。それは、現代の忙しい生活の中では贅沢な手料理と言えるかもしれない。 海の母・水季(古川琴音)は生前、スーパーのお総菜のコロッケが安くなった時だけ買ってくれたという。金銭的にも、時間の面でも水季には余裕はなかった。しかし、海にとってはそれが大切な思い出であり、そこに悲壮感はない。これまでもなにかと弥生と水季の対比が描かれてきた本作だが、こうした食事のワンシーンにも2人の“違い”が色濃く現れていた。 その後、夏が離席し海と2人きりになった弥生は、夏との暮らしはどうかと海に聞く。海は楽しいと答え、続けて「夏くん一人占めしてごめんね」と謝る。子どもは時として、大人よりも鋭い。夏と水季はなぜ別れたのか、水季と津野(池松壮亮)が交際しなかったのは自分がいたからなのかと海が問いかける場面には、思わず「その場にもしも自分がいたら、何と答えたのだろう」と想像してしまったほどだ。 その頃、南雲家では、水季の四十九日法要と納骨について話していた。 「骨になったら、もう痛くない?」 「うん、痛くないよ」 「薬いらない?」 「うん、いらない」 「……よかった」 海はきっと知っていたのだ。水季が苦しかったこと、痛かったこと、辛かったこと。そしてその全てを、自分に悟られないようにしていたことを。第7話では病気が発覚してから、水季が亡くなるまでの回想が描かれ、津野と水季の関係性が浮かび上がってきた。そして、その中心で、水季がいかに海を生活の中心におき、この世の誰よりも愛していたのかをも痛感させられる。 子育てを手伝うことを申し出た津野と、徐々に関係が深くなっていく水季。津野のように助けてくれる人が周囲にいてよかったと思う反面、そうして心の中に入り込んでしまった水季を失った津野の悲しみは計り知れない。第7話を観たあとだと、前回のエピソードで「水季の病気について知りたい」と申し出た夏に、彼がきつく当たっていたのも納得がいく。津野の反応は、苦しむ水季との辛い記憶、そして彼女が命をかけて大切にしていた、かけがえのない海との日々があったからこその行動だったのだろう。 しかし、ある意味では誰よりも水季の近くにいた津野に、朱音(大竹しのぶ)は「(水季のものに)触らないで、家族でやるので大丈夫です」と言葉をかける。そして“家族じゃないから”かけられた「触らないで」という言葉を、第1話の葬儀の日、津野は夏にかけたのだった。 パズルのピースがハマっていくかのように、水季を巡る周りの人たちの様子も明らかになった第7話。水季という一人の人間の死が周囲に与えた影響の大きさが、本当の意味で徐々に浮き彫りになってきたのではないか。 何より、それまで強がって頼らなかった水季が、初めて「死ぬのが怖い」と泣く姿は、観る者の心を揺さぶったはずだ。古川琴音の瞳からとめどなく流れる涙が、これまで家族を頼れなかった水季の脆さを見事に表現している。そして、それを抱き締めて一緒に泣く大竹しのぶの演技も圧巻だ。朱音は、本当はもっと水季に頼られたかったのではないだろうか。家族ではない他人である津野に頼る水季を見て、自分を責めることもあったのかもしれない。二人の演技の絶妙な掛け合いに、多くの視聴者が涙を誘われたことだろう。 水季の“本音”を描いた第7話を経て、これまで夏と共に想像するしかなかった彼女の気持ちが、より鮮明に伝わってきた。水季の深い想いを知った今、残された人々の歩みはどのように変化していくのだろうか。特に、夏と弥生、そして津野という大人たちの関係性の行方が気になる。彼らは水季の想いをどう受け止め、どのように前を向いていくのか。第8話への期待と、水季との別れが残した切ない余韻が、視聴者の心を確かに捉えている。
すなくじら