「青春は無敵だ!」自転車で夜中に50キロの大移動…中国の「謎ブーム」に当局が厳戒態勢をとるワケ
同時に、今年の中国国家公務員試験の志願者数は過去最多となる約341万人を記録。倍率は過去10年で最高の86倍に達した。これは経済の不況を背景に、安定した職業への希望と将来に対する不安が反映されたものと考えられている。 こうした理由もあったのだろうか、数十キロの距離を、決して乗り心地の良くないシェアバイクで走破する若者たちの姿は、まさに「若さの力」を体現していた。11月8日の夜には参加者が数十万人に達したと、多くの中国ネットメディアが報じた。SNSに溢れる動画からは、大学生以外にも「退役軍人」と自己紹介する集団が多数参加している様子が確認された。 密集する自転車の行進は壮観で、中には「自由」と書かれた赤い旗を掲げる者もいた。「青春は無敵だ!」「中華民族万歳!」と叫ぶ声や、国歌を合唱する集団も現れた。 ● 自転車による大行進は全国へ波及 開封市ではシェアバイクの放置や道路の渋滞が問題に この自転車による大行進は、インターネットの力で全国に波及した。南京、合肥、武漢など、各地の大学生が呼応するように隣接都市へと走り出し、天津の大学生は天安門に向かった。SNSのコメント欄には「It's my duty(私の役目だ)」というフレーズが多数書き込まれた。これは1989年の天安門で若者たちが海外メディアの取材に答えた言葉であった。 「スープ入り肉まんを食べに行く」という単純な動機から始まった集団サイクリングは、もはや「一時の気まぐれ」ではなく、政治的な訴求を含む「デモ行進」的な様相を呈してきた。中国ではデモや結社が厳しく管理されている中、この光景は政府が看過できないものとなった。また、開封市内では乗り捨てられたシェアバイクが至る所に無造作に放置され、道路の渋滞や街の混乱を招いていた。
集団が暴徒化したり、政治運動化したりすることを恐れたのだろう。このような状況を受け、ついに政府は対応に乗り出した。幹線道路を自動車以外が走ることを禁止。そして、河南省を始め、山西省、河北省など多くの大学が1カ月間の封鎖を実施した。外出には臨時通行証の申請が必要となり、この措置は人々にコロナ禍のロックダウンを想起させた。一夜にして状況は一変し、若者たちの熱狂は鎮静化された。 この展開は、昨年大いに盛り上がった上海のハロウィン(参考記事)と同様のパターンといえる。熱狂的に盛り上がった若者たちの活動が、政府の介入により急速に収束させられたという形だ。なお、今年の上海のハロウィンでは、1週間前から警察が主要な場所で厳重な警戒態勢を取っていたため、大きな盛り上がりを見せることなく静かに終わった。 ● 努力しても報われない、自己表現できない社会の閉塞感 現代中国における若者の心情 コロナ禍以降も続く中国経済の低迷は、若者たちの生活に大きな影響を与えている。不況に加え、社会環境も大きく変化する中、若者の失業問題は年々深刻化している。努力しても報われない社会に対する閉塞感を抱く若者たちは、自己表現の機会を求めている。今回の集団サイクリングは、そうした若者たちの思いの表れと言えるだろう。 インターネットの影響力が増大した現代では、組織的な動きやリーダーの呼びかけがなくても、ショート動画一つで大規模な人々の集まりを形成することが可能になった。小さな火種が瞬く間に燎原(りょうげん)の火となり、一触即発の状況を生み出す可能性があるからこそ、中国政府は厳重な注意を払い続けている。 筆者が今年の夏に北京を訪れた際、有名な寺院で大勢の若者たちが真剣な眼差しで祈願する姿を目にした。大学教授である友人は「最近、寺院を訪れる若者が急増している。就職難などの悩みを和らげたい、心の安らぎを得たいという目的で来る人が多い」と説明した。 東京に住む筆者は、日本と中国の若者の生活環境の違いを強く感じている。中国の若者はハロウィンさえ自由に楽しむことができず、自らの主張を表明する場も限られている。一方、日本の若者は自由を満喫でき、選挙権も持っているが、その権利を行使しない傾向にある。日本の若者たちを見ていると、「選挙権があるなんて恵まれているのに使わないなんて」「なんてもったいないんだろう、自分の意見を表明する場があるなんて、うらやましいことなのに」と話していた、中国の若者たちの顔を思い出してしまうのだ。
王 青