なぜ8度目防衛に成功したWBC王者の寺地拳四朗は恒例のWピースサインを封印して号泣したのか?
「負けたら人生が終わりますから。しっかりと強いところを見せなければならない。負けることができないのが一番(の不安)だった」 そのプレッシャーは生半可ではなかったのだろう。 息子の涙を見た元東洋太平洋王者の寺地会長も「初めて見た。あそこまでプレッシャーを感じていたのか」という。 だから珍しく緊張した。1年4か月のブランクも重なったのだろう。タッグを組む三迫ジムの加藤トレーナーに「緊張している」とつぶやいたという。 1ラウンドは動きが硬くペースを作れなかったが、「もっと出てくると思っていた」との久田陣営の仕掛けの遅さにも助けられた。 早くも2ラウンドに試合が動く。左のジャブの差し合いで優った拳四朗が続けて放った右のストレートが久田の顔面を打ち抜きダウンを奪ったのだ。 「倒そうと思ってなかった分、綺麗に当たった」 ただ絶好のチャンスに拳四朗は躊躇した。 「悩んだ。いっていいのかどうか。序盤だしダメージもわからない」 加藤トレーナーは冷静に判断した。 GOサインは出さず「今のままで。力んでも倒せない。タイミングだよ」という指示を送ったのである。 「あそこで行って終わるパターンもある。でも力んで距離が狂い、後半にポイントを取り切れないのが怖かった」 3ラウンドに久田はダウンを挽回しようと前に出てきたが、ここでアクシデントが起きていた。精度が高く、ナックルを返して打ってくる拳四朗の左ジャブで久田が左目を痛めた。 「ジャブが左目に刺さってしまって…そこから二重に見えて距離感がとれなくなった」とは、試合後の久田の談。 4ラウンドが終わった時点での公開採点は、3者共に拳四朗を支持していたが「38-37」が2人、「40-35」が1人という内容だった。ダウンを奪った「10-8」の2ラウンドがなければ2人のジャッジは互角と見ていたのである。 拳四朗は、「あれ(場内アナウンス)を聞いてもよくわからないんです。たぶん勝っているんだな」とあまり気にしていなかったが、加藤トレーナーは「辛い採点。これではポイントは流れないのか」と感じた。「潰すべきか距離をとるか悩んだ」という。 細かいステップを刻み、まるで同極の磁石のように絶妙の距離をキープしながら、前後の出入りで「打たせずに打つ」ボクシングが拳四朗の真骨頂である。 だが、中盤戦は、その距離を数センチ詰めて、あえて久田の距離で勝負した。スタイルを崩して打ち合ったのである。人生をかけて挑んできた久田の気迫に気迫で応じた。 5ラウンドの終盤には6連打がヒット。久田の領域でも拳四朗は凄みを発揮した。 「倒すのを意識して力んだ。左はよかったが、出入りの継続がちょいちょい切れた」 王者本来のボクシングを崩しても圧倒できたのには理由がある。 実は、新型コロナ禍と不祥事で作ったブランクの期間に技術を見直した。ヒントになったのはWBA世界バンタム級スーパー、IBF世界同級王者の“モンスター”井上尚弥のボクシングだった。