ホスト売掛金問題や電通の過労自殺、東京五輪の汚職、大阪万博の建設費増額を彷彿させる事件を描いた物語【新年おすすめ本7冊】(レビュー)
楠木誠一郎『チーム紫式部!』(静山社)は、児童向けではあるが、平安時代の社会制度、紫式部の生涯、『源氏物語』のあらすじなど必要な情報がまとめられ、古典が苦手な大人の入門書にもなるだろう。著者は、雲上人の藤原道長に初めての恋をするも、別の男と結婚し賢子を産み夫と死別した香子(後の紫式部)が、初恋の決算のために書いたのが『源氏物語』だったとしている。一条天皇の中宮になった道長の娘・彰子の家庭教師を頼まれた香子は、藤式部の女房名を与えられ宮中に入る。宮中での同僚たちとの軋轢が、学校や会社での人間関係になぞらえられているなど親しみ易くなっている。 さらに詳しく紫式部について知りたいなら、紫式部の人生、影響を受けた芸術作品や仏典が詳しく紹介され、『源氏物語』の現代語訳もある帚木蓬生『香子(一)紫式部物語』(PHP研究所)をお勧めしたい。一巻は紫式部が「若紫」を書いたところで終わり、どの順番で『源氏物語』の各帖が書かれたかについても独自の解釈があるので、今後の展開も楽しみである。 『源氏物語』の宇治十帖を大胆にアレンジした『女たち三百人の裏切りの書』を発表した古川日出男が、彰子の出産前後を記録した『紫式部日記』を題材にしたのが『紫式部本人による現代語訳「紫式部日記」』(新潮社)である。時空を超越して現代の事情にも通じる紫式部が語り手になり、平安時代の役職、建物の構造、文化などを英語まじりで解説してくれるので分かり易い。悪霊退散の加持祈祷が続く中で彰子が出産するまでは、伝奇小説のテイストがある。日記に女房たちの批判を書いた紫式部は、高慢とされることもあった。本書にも紫式部による女房の評価が出てくるが、これは批判ではなく、同僚の人となりを知るために必要だったとされている。男性優位の社会で同じ女房たちと連帯を深めようとした紫式部に、働く女性は共感できるのではないかと思えた。 新しい年になり、今まで読んでこなかった作家の本を読んでみたいと考えている方もいると思うので、それに最適なアンソロジーを紹介したい。 同じ書き出しで始まる講談社編『嘘をついたのは、初めてだった』(講談社)は、『黒猫を飼い始めた』に続くシリーズ第二弾。嘘をつかないという“僕”との約束を守りクラスで孤立した女子高生が屋上から転落死した事件の裁判で“僕”が証言する五十嵐律人「偽証の誓約」は、最初の一文が効果的に使われていた。母親の胎内にいる胎児が語り手の西尾維新「生まれる前から倦まれてた」は、出産時に女性が受けるプレッシャーを取り上げテーマ性も高い。夫に嘘をついて姉の婚約者と旅行に行く女を主人公にした小野寺史宜「エミリン」は、設定や展開にインパクトがあり最後の一行はさらに衝撃的だ。歴史は嘘の集積だと断じる古代史ものの高田崇史「女帝の憂鬱」。小学生が書き始めた嘘日記が、ある真実を暴いてしまう真下みこと「嘘日記」など、新鋭からベテランまで全二九作が収録されている。同じ書き出しだからこそ、物語の広げ方やオチのつけ方に作家ごとの個性が際立ち、自分好みの文体や作風を見つけることができる。 小学館文庫編集部編『超短編! 大どんでん返し Special』(小学館文庫)も、ショートショートでどんでん返しを作るシリーズの第二弾。カンダタが罪人たちを見捨てず共に極楽へたどり着いてから一〇〇年後を描く森見登美彦「新釈『蜘蛛の糸』」は、純文学のパロディ集『新釈? 走れメロス 他四篇』を刊行している著者らしい一編。ヴィルヘルム二世のオランダ亡命の秘話になっている野崎まど「皇帝」は、カイゼル髭がヴィルへルム二世に由来していることと、『空手バカ一代』の眉毛のエピソードを知っているとより味わい深い。ある男を殺そうとしたことがあるという新人賞の受賞の挨拶が、最後の一行でゆらぐ伊吹亜門「或る告白」。バラバラ殺人、死体の隠滅に新たな光を当てた北山猛邦「計算上正確に分解された屍体」など、ミステリ、ホラー、歴史小説などバラエティ豊かな三四編が収録されている。個人的なお気に入りは、「彼氏に餓えていた」という一文の意味がラストに反転する一穂ミチ「恋に落ちたら」、ラストを読むと、それまでの何気ない会話の意味が変わる蝉谷めぐ実「飯の種」である。 全六章から成り読む順番で世界観が変わる『N』などを刊行している道尾秀介の『きこえる』(講談社)は、スマホなどで作中に挿入されたQRコードを読み取ると音声が聞こえ、音と文章の相乗効果で楽しむ仕掛け本だ。家出同然で上京し面倒を見ていた女性歌手を殺されたライブハウスの女性経営者が、CD音源の中に聞こえるはずのない被害者の声を聞く「聞こえる」、女子生徒に盗聴器入りのUSBアダプタを渡した塾講師が、女子生徒と義父の関係が悪いと気付くが盗聴器が原因で誰にも知らせられないジレンマに陥る「ハリガネムシ」の二作は、特に音声との融合が活かされていた。これから小説と他メディアとの連携がどのように進むのかは分からないが、本書が新しく面白い試みなのは間違いない。 [レビュアー]末國善己(文芸評論家) 1968年広島県生まれ。明治大学卒業。専修大学大学院博士後期課程単位取得中退。時代小説やミステリー小説を中心に、文芸評論を執筆している。おもな著書に『時代小説で読む日本史』『夜の日本史』などがある。『山本周五郎探偵小説全集』『岡本綺堂探偵小説全集』『龍馬の生きざま』『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』など、全集やアンソロジーの編者としても活躍している。 協力:角川春樹事務所 角川春樹事務所 ランティエ Book Bang編集部 新潮社
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