主人公機のなかでも特異すぎる『エリア88』風間真の乗機「X-29」は実際どんな戦闘機?
実際に作られ空を飛んだ珍しすぎる「前進翼」の実験機
戦闘機漫画の金字塔『エリア88』には、数々の魅力的な戦闘機が登場します。主人公の「風間真」は軽量戦闘機を好んで選ぶ傾向が見られ、歴代の搭乗機は比較的、小型ながら名機といえる機種が勢揃いしています。 【画像】なるほど「前進」翼 こちらが実在する「X-29」です(4枚) そのなかでも異彩を放つのが「X-29」です。 同機は、主翼が胴体の付け根から翼端に向かって機体の前方へ角度をもって取り付けられている「前進翼」を持ち、特異なシルエットは読者の目を釘付けにしたことでしょう。しかし、この魅力的な機体は前進翼が主流な技術とならなかったからこそ、際立っているともいえます。 なぜ前進翼は主流にならなかったのでしょうか。 一見、架空機に見えるX-29ですが、アメリカのグラマン社(現、ノースロップ・グラマン)によって開発された実機です。その開発目的は前進翼の特性を解明し、将来の航空機の設計に活かすための実験機でした。 前進翼を採用することによる最大のメリットは、いわゆる「音の壁」を抑える効果にあります。音の壁とはマッハ1前後をピークに増大する空気抵抗の一種「造波抵抗」のことです。これを打ち破り加速するには、非常に大きなエンジンパワーを必要とします。前進翼はこの造波抵抗を抑制するとともに、その最大値に達する速度をより高速側に遷移させることができるというものです。 こうした効果は、前進翼とは反対に、主翼端へ向かって後方へ角度をもつ「後退翼」でも得ることができます。後退翼は旅客機から戦闘機まで、ほとんどすべてのジェット機に採用されている技術であり、基本的には前進翼と後退翼は同じ目的で採用されるものです。 ではなぜ後退翼だけが圧倒的多数となり、前進翼は主流にならなかったのでしょうか。その理由はおもにふたつ考えられます。 第一に揚力(飛行機を持ち上げる上向きの力)中心が機体前方に偏ってしまう点です。これはつまり、機体に常に機首上げ方向の力がかかることを意味し、機体は非常に不安定な状態になります。不安定さを克服するには「フライ・バイ・ワイヤ」と呼ばれるコンピュターによる飛行制御が必要であり、X-29にも採用されていました。ただし不安定さは高機動性を発揮できるとも言い換えることができ、戦闘機にとっては逆にメリットとなることもあります。 第二に構造上の強度が求められることです。翼端が上向きにねじれる力にさらされ、これは機体を変形させ、最悪の場合、機体の空中分解につながる可能性がありました。これを防ぐには強度をもたせる必要があり、製造コストの増加や機体の重量増につながります。X-29では意図的に機体をねじれさせる空力弾性翼を試験しました。 これらのメリットとデメリットを総合的に考えると、前進翼には後退翼に比べて少なくない課題のあることが分かります。後退翼は、安定性、強度、製造コストなど、さまざまな面でバランスが取れており、よって広く採用されてきたのです。 またX-29は、レーダーなど火器管制システムや、搭載兵装を備えていません。機体はF-5やF-16、F/A-18など既存機などから流用されたツギハギであり、『エリア88』で描かれるような激しい空中戦を繰り広げることは、現実的には難しいといえるでしょう。 しかし、それを踏まえてもなお、X-29の独特なデザインは読者を魅了する魅力的な機体だといえるのではないでしょうか。
関賢太郎