レゴリスから金属を抽出する「イオン液体」数十万の候補から6種類を機械学習で選別
■「イオン液体」で金属を抽出
Islam氏とBanerjee氏の研究チームは「イオン液体」を専門としています。イオン液体とは文字通りイオンでできた液体物質です。イオンでできた物質の非常に身近な例として塩化ナトリウムがありますが、800℃に加熱しないと液体化しないなど、通常は固体です。しかし、一部のイオンでできた物質は室温でも液体の状態を保つ珍しい性質を持ちます。これがイオン液体です。 イオン液体は電気を通しやすいので主に電池の開発研究で登場しますが、岩石を構成する鉱物に接触すると金属元素を溶かし出すという別の性質も持ちます。これは、イオン液体を使えば低いエネルギーコストで岩石から金属元素を抽出できることを意味します。イオン液体は蒸発しにくく、化学的な安定性も高いので何度も再利用できます。岩石からの抽出過程では、副産物として酸素や水を作ることも可能です。そして何よりも液体であるという性質を利用して、3Dプリンターを通して建材を作ることにも適しています。 ただし、イオン液体は複数の物質の組み合わせでできており、その候補は無数にあります。月や火星のレゴリスを構成する鉱物の種類や組み合わせも、やはり無数にあると言えます。それら1つ1つの組み合わせについて、抽出の効率を実験で測定することは現実的とは言えません。
■最適なイオン液体を数十万もの候補から絞り込み
Islam氏とBanerjee氏は、最適なイオン液体を見つけるために機械学習とモデリングを通じた研究を行いました。レゴリスに含まれる代表的な金属元素であり、それぞれ価数が異なるナトリウム、マグネシウム、アルミニウムを対象に、どのような種類のイオン液体が抽出性能に優れているかを調べました。 その結果、数十万種類もの候補から、最終的に6種類のイオン液体に絞り込むことができました。Islam氏とBanerjee氏はこれらのイオン液体を選択するにあたり、イオン液体に含まれる陽イオンのサイズ、液体表面にある電子の多さ(表面電荷密度)、およびイオンの移動しやすさが抽出効率に大きな影響を与えることを示しました。 Islam氏とBanerjee氏はコロラド大学の研究者と協力して、既に候補のいくつかについて実際に実験を行っています。このような実験が行えるのは、候補が事前に絞り込まれていたからです。今回の成果についてBanerjee氏は「機械学習の作業によって、私たちは高度2万フィート(約6km)から1000フィート(約300m)まで降下できた(The machine learning work brought us down from the 20,000-foot to the 1,000-foot level)」と喩えています。 Islam氏とBanerjee氏はさらに大きなサイズでの抽出実験を行い、基地建設の建材製造で実際にイオン液体が使えるかどうかをテストする予定です。 Source Azmain F. Islam & Soumik Banerjee. “Toward Metal Extraction from Regolith: Theoretical Investigation of the Solvation Structure and Dynamics of Metal Ions in Ionic Liquids”. (The Journal of Physical Chemistry B) F. Rexhepi, et al. “Metal oxide solvation with ionic liquids: A solubility parameter analysis”. (Journal of Molecular Liquids) Tina Hilding. “Potential solvents identified for building on moon and Mars”. (Washington State University)
彩恵りり