玄理が村上春樹に興奮…アニメ映画「めくらやなぎと眠る女」アフレコの舞台裏
自由に演技しながら
オファーを頂いて、声の収録が行われたのは3月の中旬と月末。この作品は「ライブアニメーション」というピエール監督独特の方法で作られている。 実際にカナダの俳優をキャスティングし、スタジオで演技してもらった動画をアニメにおこしたそうだ。 なるほど、表情はもちろんちょっとした目の動きや首の角度、体とのバランス、言い淀んだ口元などの表現がとても繊細である。 ストーリーもまた巧妙で、村上春樹さんの「めくらやなぎと、眠る女」をはじめ、「バースデイ・ガール」「かえるくん、東京を救う」「ねじまき鳥と火曜日の女たち」など六つの短編小説が合わさり、一つの物語になっている。 村上さんご自身が、「どこまでが自分の書いたストーリーで、どこからが映画のオリジナルなのか分からなくなった」と仰るのも納得の一体感。つなぎめが、どこぞの老舗のメゾンの縫製のごとく滑らかで違和感がない。 英語版を見た時、そのあまりの心地良さに、ずっとこの作品の中にいたい、終わらないでほしいと思った。 なので、キョウコ役の準備はできる限り英語版に寄せていった。役の年齢設定は30代半ばで私と一緒だが、英語話者が英語を話すときはもっと声が体の奥から出るので、声が深く低い。日本語だとどうしても声が高くなる。声というのは体という“筒”から出るものなので、この体形とテンションの女性から出るだろう声を自分なりに探った結果、体をできる限り弛緩させた状態で喋ろうと思った。 収録初日。赤坂のスタジオの一室。通常のアフレコとは違い、ブースに俳優が籠るのではなく、一つの部屋の中にスタンドマイクが数本、ガンマイクを持った技師さん、日本語版演出の深田晃司監督とフランスから来日したばかりのピエール監督のほか、配給会社のスタッフさん全員が入って、俳優も自由に動いて演技してくださいというスタイルで進んだ。緊張と時差で寝不足というピエール、日本語と英語とフランス語が交差し片時も通訳が欠かせない、深田監督の望むTHEアニメではない、自然体な演技と喋り方……探り探りの空気の中、全員が出来る限りを尽くした結果、完徹(完全撤収)の予定時間を遥かに過ぎて終わった。 夜ご飯がまだだったので、深田監督と通訳の方、プロデューサーさんの4人で火鍋を食べに行く。本当は韓国料理屋が立ち並ぶ一角を目指していたのだけど、精根尽き果てた私たちはそこまで歩く気力もなかった。激辛をものともせず食べに食べ、私は翌日腹痛に苦しんだのだが、他の皆さんは大丈夫だっただろうか。深田監督が当日の様子を「ルールのないスポーツ」と例えたのが、印象的で流石だと思った。 出来上がった日本語版は、自分で言うのもなんだが、感動の出来栄えで、本当に多くの方に見てもらえたらと願っている。 特にかえるくんの声をつとめた古舘寛治さん、片桐役の塚本晋也さん、オーナー役の柄本明さんたちは、オリジナルの英語版の記憶が霞むほど役にハマっていて、収録の様子を間近で見られたのは貴重な経験だった。 7月26日の映画公開に先駆けて、7月1日にはグランドシネマサンシャイン池袋にて完成披露舞台挨拶がある予定。皆さんに会える日を、そしてこの映画がみなさんに出会う日を楽しみにしています。(俳優 玄理)