アパートを歌った曲
1910(明治43)年の11月6日に東京・上野に日本で初めてとなる木造アパート「上野倶楽部」が完成したことにちなんで、「アパート記念日」に制定されています。当時は(2階建てもなかったわけではないですが)横長の平屋建ての長屋が借家のほとんどを占めるなかで、5階建てで全70室の縦長住居というスタイルは、西洋風の雰囲気と斬新なデザインもあって、大きく注目されました。 ただ、その「上野倶楽部」は家賃が高く、居住者は官公吏(国家公務員や地方公務員)や教師、外国人といった富裕層が多かったようです。起伏に富む地形が多い日本にとって、平屋と比べて土地スペースが少なく済み、多くの居住者をかかえることができるアパートは、暮らしぶりの向上も含めて、その後の日本の住宅環境に大きな影響をおよぼしています。 そんな日常の風景になじんでいるアパートゆえ、アパートを題材や歌詞に組み込んだ楽曲は、数多くあります。当然すべて紹介することはできませんので、厳選して挙げていきたいと思います。 そのまま「アパート」をタイトルに冠したのは、スピッツやJUN SKY WALKER(S)など。「君のアパートは今はもうない」で始まるスピッツ「アパート」は、違う未来を見ていた2人の失恋ソングで、1992年の3作目のアルバム『惑星のかけら』に収録。“ボロイ”“暗い”と連呼する“ジュンスカ”ことJUN SKY WALKER(S)の「アパート」は、彼らの名を一気に広めた「歩いていこう」をタイトル曲とする1989年の3枚目のアルバム『歩いていこう』に収録されています。 「アパートの鍵」という曲名も多く、小林麻美、PIZZICATO FIVEなどが歌っています。小林麻美「アパートの鍵」は、浅田美代子「赤い風船」や郷ひろみ「よろしく哀愁」などのヒットを生んだ、作詞・安井かずみ、作曲・筒美京平のコンビによるもので、1975年にリリースされました。PIZZICATO FIVE「アパートの鍵」は1987年リリースのアルバム『couples』に収録。作詞は小西康陽、作曲は高浪慶太郎です。 「いつかは暮らすでしょう」と歌い始めるのは、山口百恵の「陽のあたるアパート」。初めて全曲オリジナル楽曲で構成された1974年の3枚目のアルバム『15歳のテーマ 百恵の季節』にて発表しています。 また、歌詞に“アパート”が登場するのも数知れず。ビートたけしが相方のビートきよしとのコンビ“ツービート”を結成する前のエピソードを書いた「浅草キッド」には、「炬燵一つのアパート」というフレーズが出てきます。1986年アルバム『浅草キッド』に収録。 浜田省吾は、1985年のシングル「LONELY-愛という約束事」のカップリングとして「もうひとつの土曜日」を発表。「昨夜眠れずに泣いていたんだろう」で始まるこのバラードは、中西保志、コブクロ、ダイアモンド☆ユカイ、世良公則、中森明菜など多くのアーティストにカヴァーされる人気曲として知られています。ここでは「夕暮れ電車でアパートへ帰る」と、世知辛い風景や心情とともに綴っています。 最近でも、2023年にマカロニえんぴつが発表した「リンジュー・ラヴ」にて「淋しそうなアパート」というフレーズが登場。同曲は井上真央主演のドラマ『100万回 言えばよかった』の主題歌として起用され、話題となりました。配信のほか、マカロニえんぴつの2枚目のメジャー・フル・アルバム『大人の涙』でも聴くことができます。 おそらく多くの人が“アパート”のフレーズを含めて耳にしている有名曲と言えば、やはり和田アキ子の「古い日記」ではないでしょうか。1974年に18枚目のシングルとして発表されて以来、和田の代名詞的な楽曲として広く親しまれてきました。芸人やタレントたちが和田のモノマネをする際に用いることが多い楽曲でもあり、出だしの「あの頃は(ハッ!)」というフレーズが定着していますが、本来はアパートのフレーズが出てきた直後に「恋の小さなアパートで(ハッ!)」と歌っていました。 まだ多くの“アパート”ソングがありますが、なぜか古い、小さい、暗い……など、もの寂しさや懐かしさを歌うことが多いようです。特に青春を過ぎ、大人になった人たちにとっては、そこにノスタルジーや風情を感じるゆえ、アパートソングが共感を生む一つの要因なのかもしれません。 (写真は、和田アキ子のデビュー50周年記念のリマスタリング・ベスト『THE LEGEND OF SOUL』)