日本初のシリア人医師・メルナ・アイルードさん:「何事もやってみなければ分からないでしょ!」
育児をしながら日本語を猛勉強
第1子の出産で、メルナさんは学術研究や日本語学校を一時中断。しばらくしてから、自宅で語学学習を再開した。昼は娘と遊びながらリスニングを学び、寝かしつけた後は教材に取り掛かり、日本語能力試験のN3に合格した。 日本語能力試験はN1からN5まで5段階あり、最も難しいのがN1。中級のN3は日常会話をある程度理解できるレベルだ。来日するまで日本語に触れたことがなく、育児の合間の学習だったことを思えばN3も偉業といえるが、メルナさんは満足できなかった。「臨床医として働くには、日本人と同等以上のレベルが必要。医師国家試験を受ける手続きを進めるためには、N1に合格しなければならないので、到達レベルまで、はるか遠いと分かっていました」と述懐する。 娘が2歳になると保育園に週3日預けられるようになったため、日本語学校に再び通い始めた。この頃には、研究生活は自分の目指すものではないと確信し、ラボへの復帰は考えず、日本語学習に専念した。同時に、医師免許取得について本格的に情報収集を開始。そして2018年、N2に合格する。 その後は、勉強の時間を自分や家族の状況に合わせてコントロールするために学校をやめ、テキストを使って独学することに。この時期に大きな支えとなったのが、月に2回指導してくれたボランティアの日本語教師だった。「先生は勉強のサポートだけでなく、常に励ましながら、日本の文化や習慣、伝統についても教えてくれました。先生のおかげで日本について多くを学んだ私は2019年、とうとうN1に合格することができました」と感謝する。
N1合格後も険しい医師免許への道のり
日本語能力試験をクリアしてからも困難の連続だった。医師国家試験の受験資格を認定してもらおうと、厚生労働省にアポイントを取ったが、個人面接までには時間を要した。さらに、どんな書類が必要かをよく理解できなかったうえに、シリアから届いた文書を日本語に翻訳せねばならない。個人面接は書類不備などで2度通過できず、3度目でやっと書類審査に進むことができた。 メルナさんが最も心配したのが、書類審査でシリアの大学での勉強が不十分と判断されること。その場合、さらに医学校での3年間の勉強や、いくつもの試験に合格する必要があると言われたのだ。審査の結果は、無事合格。日本の医学生と同等レベルと判断され、胸をなでおろした。 これでようやく、年に1度実施される日本語診療能力調査を受験する資格を得た。海外の医学校を卒業した人や、外国の医師免許を取得している人を対象とする調査で、患者との面接や問診、診察に加え、臨床所見も作成する。これをクリアしたことで、メルナさんは日本の医大卒業生と対等の立場と認められた。そして、2022年2月の医師国家試験に挑み、見事合格を勝ち取った。 「日本語学習から始まった長い旅は試験に合格することで終わりましたが、日本で大好きな医療の仕事をするという新たな旅路が始まりました」。次の目標に向けて努力を続ける決意を固めた。