『ヴェニスの商人』演出・森新太郎が草彅版シャイロックに期待するヒールのリアリティ
草彅さんは獰猛さを驚くくらいのリアリティをもってつくりだせる方
一筋縄ではいかない、複雑な感情を抱えたシャイロックという希代のヒールを今回、初めてタッグを組む草彅に託す。これまでTVや映画、舞台で見てきた草彅の印象を尋ねると「つかみどころがない」と笑いつつ、こう期待を寄せる。 「シャイロックの持つ利己的な部分や憎悪の感情が垣間見えた時、『この人にはちょっと近寄りたくないな』『その刃をこっちに向けられたら困るな』とお客さんを身構えさせるくらいでないといけないんですけど、草彅さんは、そんな獰猛さを驚くくらいのリアリティをもってつくりだせる方だと思います。時としてシャイロックは誰もが認めたくない真実を突き付けたりもするのですが、あの透徹した眼差しで迫られたら怖いでしょうね」 毎回、シンプルでありながらも荘厳な美術が印象的な森作品だが、中世のヴェネツィア共和国を舞台にした本作ではどのような世界が構築されるのか? 「当時のヴェニスは経済的な繁栄を遂げつつも斜陽の時期に差し掛かっていて、その意味で、現代の日本と重なる気がしています。衣食住には困らないけど、どう生きていけばいいのかという指針や情熱を失いかけている。アントーニオはその代表格ともいえる存在なのかもしれません。慈悲深い男ではあるけど、一向に満たされない思いがあるからこそ、友人のバサーニオを全力で支援するし、異なる価値観を持つシャイロックを徹底的に否定する。彼に限らず多くの登場人物が、自分の生きている価値や正当性を求めて、あがいているように感じます。そのためなら残酷な生贄の儀式も厭わない、成熟の果ての“腐った”雰囲気を出せたらと思っているのですが、現段階では、そんな腐臭を隠ぺいするような清潔感あふれる舞台美術をイメージしています。一見、何の問題もなく共同体が成立しているはずなのに息苦しいーーそんな空間を出現させられたらいいですね」 改めてシェイクスピア作品について「人間という生き物が抱える矛盾した感情を無理に調和させようとせずに、その矛盾ごと描いているところに魅力がある」と語る森。 「ポーシャが法廷で慈悲について語る重要な場面があって、正義ひとすじでは誰も幸せになれない、寛容な心で許し合わなくては生きづらいということを説く、非常に感動的なスピーチなのですが、その彼女がわずか数分後には正義の名のもとにシャイロックを容赦なく追い詰めていく。これこそまさに人間だなと(笑)。特に『ヴェニスの商人』は王侯貴族の権力争いではなく、より卑近な人々を描いた物語だからこそ、人間の愚かさや哀しさ、でもやはり人間にしか持ち得ない気高さ――その全てをひっくるめて『これは我々の物語だ』と身につまされながら、楽しんでいただけるんじゃないかと思います」 取材・文・撮影:黒豆直樹 <公演情報> 舞台『ヴェニスの商人』 脚本:ウィリアム・シェイクスピア 訳:松岡和子 演出:森新太郎 出演:草彅剛 野村周平 / 佐久間由衣 / 大鶴佐助 / 長井短 / 華優希 / 小澤竜心 / 忍成修吾 春海四方 / 大山真志 / 青柳塁斗 / 石井雅登 / 冨永竜 / 田中穂先 天野勝仁 / 久礼悠介 【東京公演】 日程:2024年12月6日(金)~12月22日(日) 会場:日本青年館ホール 【京都公演】 日程:2024年12月26日(木)~12月29日(日) 会場:京都劇場 【愛知公演】 日程:2025年1月6日(月)~1月10日(金) 会場:御園座