真冬の青森でカラスに襲われたい…昆虫学者の“帰省時の暇つぶし”は奇想天外だった
私はさっそくしゃがんでワシポーズになり、よちよち歩いて30メートルほど向こうにいるカラスどもに接近した。 ところが奴らは昨日同様、まだかなり距離のある段階で飛んでしまったのである。 なぜかと考えたら、大事なことを忘れていた。 私は、カラスがすでに集まった状態で駆けつけ、そこでいきなりワシに変化した。 向こうは、ワシになる前の私を見てしまっている。だから、「あいつはワシではなく、ワシの真似をした人間だ」とわかってしまっているのだ。 なかなか賢い。私は、奴らの裏をかくことにした。 連日観察してわかったのだが、カラスどもはこの時期、毎日夕方4時半にはもう校庭に集まりきっているようだった。 ならば、奴らが来るより先にここにいればいい。さすれば、私を「はじめからここにある物体」と思って怪しまないはずだ。 私は誰もいない雪原のど真ん中に、1時間半前の午後3時からずっとワシポーズでしゃがみ続けた。 身動き一つせず、石地蔵のように。 結果は大成功だった。 4時過ぎからどんどんカラスが飛んできて私の周りに降り立ち、身繕いなどしはじめた。 結果、私の周囲をずらりとカラスの群れが取り囲んだ。 最寄りの個体との距離は2メートル程度だった。 いま、遠くから見たら私はカラスを率いる番長に見えているのだと思ったら、妙な興奮を覚えた。 ところがその喜びもつかの間、穏やかだった空が急に暗くなり、風が出てきて突然猛吹雪になった。 天候の変化をいっさい想定せずに軽装で来た私は、全身が冷たくなってガタガタ震え、全身雪まみれとなって這う這うの体で家までたどり着いた。 「何バカなことしてんの!」と母親からこっぴどく怒られた。小学生ではなく、大学生のときの話である。
別の日の夕方、性懲りもなくまたカラスのところへ行った。 無限にいる鳥類の群れを見るうち、先日は仲よくしたから今度は逆に襲われたいという衝動に駆られてきた。 ヒッチコックの『鳥』気分を味わいたくなったのだ。 これだけのカラスに一斉に襲われたら、どんなにスリルがあって面白いだろう。そのためには、奴ら全員に私を敵と認識させる必要がある。 そこで思い出したのが、動物行動学の父・ローレンツ博士の著書『ソロモンの指環』(ローレンツ、1998)だ。 彼は幼いころたくさんのカラスを家で放し飼いにしていたが、ある日、川で泳いだ後に外で遊ばせていたカラスを飼育小屋に入れようとしたとき、懐いていたはずのそれらカラスからひどい攻撃を受けた。 原因は、彼がそのときポケットから何の気なしに取り出した黒い水泳パンツだった。 カラスは黒くてだらんとした物体を持つ者を、「仲間を捕らえた敵」と見なして攻撃する習性があったのだ。 あくまで、これはカラスのなかでもとくに集団性の強いニシコクマルガラスC. monedula での話だが、当時の私は同じカラスなら大同小異だろうと思った。 これを使えば、数百羽のカラスが一斉に襲い掛かってくれるはずだ! そこで、私は被っていた黒い帽子を手に持ち、大声で「びゃあぁああ」と叫びつつカラスの群れに突撃した。 さらに、手に持った帽子を巧みに動かして必死にもがくカラスに見せかけ、仕上げにカラスの悲鳴の鳴き真似までして見せた。 すると、その場にいたすべてのカラスどもがそれまでになく興奮して一斉にブワーッと飛び立ち、たちまち私の頭上にはカラスの竜巻ができた。 カラスどもは激しく鳴き交わしながら私の頭上を旋回した。 するとその騒ぎを聞きつけて、全然関係ない場所からどんどんほかのカラスの群れも集まってきた。 夕暮れの空はみるみる真っ黒に染まり、まるで『ゲゲゲの鬼太郎』のオープニング映像(吉幾三が歌っていたシリーズ)みたいな光景が展開された。ユメコちゃんが隣にいれば完璧だった。 ところが、その後が続かない。 カラスどもは旋回しながら横目でこちらを観察しているようなのだが、私の猿芝居が次第にバレてきたらしく、やがて一羽、また一羽と地面に降りてきてしまった。 奴らはつまらなそうにこちらを見つめている。 私は俄然ヒートアップして、雪の積もった校庭の真ん中でわめきつつ、帽子を片手に必死に踊った。 ところが、いつもより外でカラスが騒いでいるのを不審に思った近隣住民たちが、校庭へ様子を見にぞろぞろ集まってきてしまったのだ。 私は何食わぬ顔で、そっと立ち去った。