侮るなかれ! いい意味で裏切られる知的で爽快な竜巻映画──『ツイスターズ』
『ミナリ』のリー・アイザック・チョンが監督し、『ザリガニの鳴くところ』のデイジー・エドガー=ジョーンズ、『恋するプリテンダー』のグレン・パウエルが主演を務めたアクション・アドベンチャー超大作『ツイスターズ』。ステレオタイプを打ち破る人物描写とストーリーテリングにより、予想外のヒットを叩き出している。昨今の異常気象にもシンクロするこの夏必見の映画だ。 【写真を見る】映画『ツイスターズ』の爽快で大迫力なシーンをチェックする
アメリカで空前の竜巻旋風を起こした
ひと足早くアメリカ本国で公開された『ツイスターズ』は、誰も予想していなかった大ヒットスタートを切った。公開第1週、米国週末興行収入は8千万ドル超え。業界紙の事前予想は4千万ドル、多くても6千万ドルというところだったのだから、これは大きな驚きとともに受け止められた。 映画は複合的な要因が積み重なってヒットするものだから、ヒットの要因を即断するのは早計だろう。とはいえ、この作品が当たったこと自体はおおむね好意的にとらえられているようだ。というのもこれは後述するとおり、ディザスター映画の枠組みと、魅力的な登場人物たちの(青春)ドラマとが手堅くかみ合った、なかなか気持ちのいい映画なのだから。 ■ジョセフ・コシンスキー×リー・アイザック・チョンの妙 題名から1996年の大ヒット作、ヤン・デ・ボン監督の『ツイスター』を想起する人も多いだろう。本作はそのリブート作品で、『ツイスター』同様『ツイスターズ』も、製作総指揮にスティーヴン・スピルバーグが名を連ねている。ストーリー原案は『トップガン マーヴェリック』(2022)や『オブリビオン』(2013)などを監督したヒットメーカー、ジョセフ・コシンスキー。そしてこの映画自体の監督は――ほとんどの人が意外に思うに違いないが──『ミナリ』(2020)で韓国系移民家族のドラマを描いた、リー・アイザック・チョンである。 主人公、ケイト(デイジー・エドガー=ジョーンズ)は気象学者。米国オクラホマ州で竜巻迎撃技術を研究していたが、巨大竜巻のチェイス中に仲間たちを亡くしたトラウマから研究を放棄、その後はNYの気象予報機関で働いている。そこへ、巨大竜巻のもうひとりの生き残りである旧友のハビ(アンソニー・ラモス)が訪れ、新たな竜巻研究プロジェクトにケイトを誘う。1週間だけの約束でオクラホマに戻ったケイト。プロジェクトにうってつけの竜巻がさっそく発生するが、そこへ現われたのは、命知らずの配信で大人気の竜巻チェイサー、タイラー(グレン・パウエル)のチーム。研究の邪魔としか思えないタイラーたちの行動に、いらだつケイトとハビだが……。 ■絶対に映画館で観るべき大迫力の竜巻モンスター 次々発生する巨大竜巻を、実際の観測データに基づきリアルに再現しているのがまずは見どころだ。どの竜巻もすごい迫力だが、冒頭シークエンス、ケイトにトラウマを与えることとなる巨大竜巻の威力の描写はすさまじく、のちの展開に非常に効いている。この迫真性を目にしては、ケイトの喪失感の深さを誰もが納得せざるをえないだろう。 物語が進むにつれ、能天気なパリピ集団にしか見えなかったタイラーのチームに、意外な面が見えてくる。思慮の浅い粗野な人物のように見えたタイラーが、実はさまざまな面でケイトと似た者同士であることもわかってくる。後半のあるシーンで登場するロデオは、ケイトとタイラーの姿にほかならない。つまりふたりはどちらも、確かな知識に基づいて「竜巻を乗りこなそうとする」者なのだ。あらゆる点で相互理解が可能なふたりのあいだには、当然ロマンティックな空気も流れはじめるが、それよりも「バディ感」が強いのが非常に現代的だ。 さて、ほとんどの人が意外に思ったに違いないリー・アイザック・チョン監督の抜擢だが、IndieWireのインタビューで彼自身、まさに人々のそうした先入観を覆したかったのだと語っている。チョン監督は、オクラホマ同様の竜巻多発地帯であるアーカンソーで少年時代を送っており、彼自身は竜巻を直接目撃したことはないけれど、竜巻の被害や恐怖は身近なものだったという。彼は物語の設定どおり、実際にオクラホマでロケすることにこだわった。その結果実現したのは、登場人物の状況や心理と連動するかのような、自然風景の見事な取りこみである(思い返せばこれは『ミナリ』の美点でもあった)。 クライマックスでは、ジェイムズ・ホエール監督の古典『フランケンシュタイン』(1931)を上映中の映画館が、重要な舞台のひとつとなる。『ツイスターズ』を映画館で観ている観客自身を、物語世界の真っただ中に置くことがここでは意図されているわけだ。しかしそれだけでなく、リー・アイザック・チョンによれば、ここには、映画館がわれわれの文化にとっていかにかけがえのない場であるかという、彼の思いもこめられているという。実際、このシーンにおいて映画館は、文字どおり人々の「最後の砦」になっている。そして映画館の外、スクリーンの裏側に広がるオクラホマの広野では、まさにフランケンシュタイン博士のごとく神をも恐れぬケイトの、自然に対する無謀な挑戦が繰り広げられているのだが、映画館内外でのこれらの出来事の顛末は、ぜひみなさん映画館で(ややこしいな)確かめてほしい。 最後に、ケイト役のデイジー・エドガー=ジョーンズ(『ザリガニの鳴くところ』(2022))、タイラー役のグレン・パウエル(『トップガン マーヴェリック』の“ハングマン”)、ハビ役のアンソニー・ラモス(『トランスフォーマー/ビースト覚醒』(2023))は、いずれも次世代のトップスターになると目されている俳優だ。その理由からも、いま現在の彼らの生き生きとした魅力を、ぜひ目に焼きつけておくようお勧めしたい。ちなみにグレン・パウエルは、みずから共同脚本も手掛けたリチャード・リンクレイター監督『ヒットマン』(2023)の日本公開も9月に控えている。 『ツイスターズ』 8月1日(木)全国ロードショー 字幕版/日本語吹替版、同時上映 配給: ワーナー・ブラザース映画 © 2024 UNIVERSAL STUDIOS,WARNER BROS.ENT.& AMBLIN ENTERTAINMENT,INC. 著者プロフィール:篠儀直子(しのぎ なおこ) 翻訳者。映画批評も手がける。翻訳書は『フレッド・アステア自伝』『エドワード・ヤン』(以上青土社)『ウェス・アンダーソンの世界 グランド・ブダペスト・ホテル』(DU BOOKS)『SF映画のタイポグラフィとデザイン』(フィルムアート社)『切り裂きジャックに殺されたのは誰か』(青土社)など。 文・篠儀直子、編集・遠藤加奈(GQ)