「ブックサンタ」に託した物語…複雑な世界を生きていく子どもたちへ
児童文学に安直な効果求めないで!
「ブックサンタ」という活動をご存じだろうか。さまざまな困難を抱える子どもたちに、クリスマスプレゼントとして本を贈るチャリティー活動だ。贈りたい本を買って書店に依頼すれば、全国のNPO団体を通じて子どもに届けてくれる(どの本にすればいいか悩む人は、オンライン書店で「サンタにおまかせ」も選べる)。活動の存在を知ってから私も参加している。 幼少期の読書は、教育的見地から見れば、想像力や読解力、論理的思考力が身につくといった“効果”が喧伝されることも多い。 もちろんその通りなのだが、効果と言ってしまうと、いかにも資本主義的で、さもしい感じがするのであまり好かない。 幼い頃に出会う本、特に児童文学というのは、それ以上の大きな意味を持ちうると思う。 すぐれた児童文学というのは決して「子供だまし」の本ではなく、一筋縄ではいかないこの世界のありよう、そんな世界に立ち向かおうとする人間の姿を、物語に仮託して教えてくれるからだ。 私にとって、子どもの頃に出会って以来、ずっと特別な本は、福永令三「クレヨン王国のパトロール隊長」だ。今でも手元に置いて、たまに読み返す。 福永先生のクレヨン王国シリーズは、いずれの作品も「人間の子どもがクレヨン王国に迷い込み、冒険を通して成長し、また人間の世界に戻っていく」というストーリーラインが共通している。ファンタジーな世界観で、ひょんなことから不思議の国に迷い込むという導入は、子どもにも親しみやすい。 しかし、ワクワクするだけで済まないのが福永先生の物語である。「クレヨン王国のパトロール隊長」で、主人公のノブオは複雑な家庭の事情を抱えている。さらに、担任の右田先生と反りが合わず、彼がクレヨン王国に迷い込んだのも、右田先生から理不尽な叱責を受けて、その場を駆け出したからだ。 「教師と生徒にも相性があり、どんなに評判のよい教師でも、相性の悪い生徒にはいじわるをする者もいる」という内容を描いていることに、まず驚く。 ノブオが行きがかり上、クレヨン王国のパトロール隊長になってからも、困難は続く。行く先々で揉め事を解決していくうちに、やがて火の精と水の精の全面戦争が勃発寸前なことを知り、それを食い止めようと奔走するようになる。 憎しみで心がボロボロになっていたノブオは、クレヨン王国で出会う精霊や動植物と心を通わせ、彼らの助けとなるうちに、傷ついた自分の心もいたわられるようになる。 そして、クレヨン王国での体験を通して、人間世界で接した人々の気持ちを自分なりに考え、他者を受け入れようとする。小さな男の子が困難の中でもがき、シビアな現実を受け止める強さを自ら獲得していく姿には、いつ読んでも心を動かされる。 自分自身ではどうにもならない苦悩、善悪のはっきりつかない事象など、この物語には複雑で難しい問題がたくさん描かれている。それらを安直に単純化せず、子どもにも分かる易しい言葉で、複雑なまま理解させる筆力。そんな世界の中でも、「私たちはよりよく生きていけるのだ」と物語を通して語りかける、優しいまなざし。初めて読んだ時はただ感動するばかりだったが、大人になってみると、改めて福永先生の凄さに痺れる。 児童文学者のリリアン・H・スミスは、著書「児童文学論」の中で「すぐれた子どもの本は、それを読む子どもたちに、非常用の錨を荒い波風におろすような安定感を与える」と述べている。生きていればいつか必ず訪れる荒波に対して、錨となる物語を持てたなら、それは一生の糧になるはずだ。 その錨は、別に本でなくても構わない。ただ、本を読む子どもがそんな一冊に出会えたらうれしいなと思って、今年もブックサンタに寄付をした。素敵なクリスマスを過ごせますように。(株式会社 TENGA 国内コミュニケーションデザイン部マーケティングディレクター・西野芙美)