川村元気が小説で描く、個人的な恐怖「祖母の認知症を受け入れられなかった」
小説家、そしてフィルムメーカーとしても活躍する川村元気さん。時に社会問題にも鋭く切り込む川村さんの作品は、一体どのようにして生まれたのでしょうか? 「創作の原動力」について、お話いただきました。(取材・文:髙松夕佳、写真:宇壽山貴久子) ※本稿は、月刊誌『PHP』2024年5月号より、一部編集・抜粋したものです。
恋愛のあらゆる形を見せたいと思った
映画に小説、絵本、翻訳と多様な作品を手がけてきましたが、僕がやっているのは一貫してストーリーテリングです。記憶や概念的なものを描くときは小説。視覚、音響的な情報が多い場合は映画。表現方法は違えど「物語」で伝えることに興味があります。 公開中の映画「四月になれば彼女は」は、僕の恋愛小説が原作です。といっても、この作品の主人公は「恋愛感情を失った」精神科医です。 小説一作目の『世界から猫が消えたなら』では死ぬこと、二作目の『億男』ではお金と、人間がどんなに賢くなってもコントロールできないテーマを描いてきたので、次は恋愛を描こうと思いました。そうしたら編集者に「恋愛小説はもう売れない」と言われ、ショックを受けました。 僕はいつも執筆前に入念な取材をします。周囲の20代の女性に恋愛について聞くと、多くの人が「恋人はいらない」と言い、30代以上の既婚者からも「夫が好きだ」という声はほとんどなかった。とはいえ、彼女たちも10代のころは嫉妬で苦しんだり、失恋したりしていたという。 それでは、恋愛感情はどこにいったのか。この謎こそが物語になる。恋愛ができなくなった人たち、「ラブレス」をテーマに書いてみようと思ったのです。かつて恋愛していた様と、いま愛を失った様。同じ人間の2つの時代の恋愛を描くことで、その差分が恋愛をかたどるのではないかと。 主人公を精神科医にしたのも、取材がきっかけです。夫婦関係の相談を受けている精神科医に話を聞くと、「時間やお金を奪われ、感情を乱される恋愛は非効率なので、現代人が避けたがるのは当然でしょう」と答える。 一方で、その精神科医は「実は自分も妻とセックスレスで悩んでいる」と言うのです。他人の問題は冷静に分析できるのに、自分の問題になると対処できない。これこそ現代の人間だ、と直感しました。 100人以上取材する中で、性に奔放な人、アセクシャルの人やゲイの人、昔の恋を引きずっている人など、さまざまな恋愛感情のあり方に出合いました。それらを一つの小説の中に盛り込み、恋愛のあらゆる形を見せたいと思ったのです。 とはいえ小説と映画では特性が異なります。サブプロットが豊かなほうがおもしろい小説と違って、映画はメインの筋が優先になる。脚本でどこを削るかの判断は大変でしたが、映像と音という小説にはない映画の強みを存分に生かせたのは幸せでした。