奥智哉・青木崇高主演「十角館の殺人」なんだこの幸せな映像化は! 映像化不可能と言われたミステリの金字塔を見事にドラマ化 数少ない改変部分も原作ファンへの目配りがすごい
■ドラマと原作、それぞれの見どころ
それがトリックにどうつながるのかって? つながってるのよこれが。見ればわかる。実際にドラマが始まってある場面を見たとき、「ああ、これは原作通りの仕掛けが映像化できるわ!」と感動したのだった。これが可能な俳優は限られる(わかるね? )とはいえ、第4話ラストはもう、「来るぞ来るぞ」とわくわくしたね。 というわけで「ここが違うぞ!」という点はほぼないのでドラマでも原作でもお好きな方を味わっていただけばいいのだが、映像化ならではの魅力として80年代の風俗がある。黒電話! ブラウン管テレビ! 新聞のスクラップ! いかにもな男子の学生アパート! スマホもネットもないのは当然として、ファッションも懐かしい。長濱ねるさんの聖子ちゃんカットが拝めるとは。それは原作も同じだ。ドラマにはなかったが、手紙をわざわざワープロで打ってるのが不自然、ワープロで手紙を書くなんて一般的じゃない、なんてセリフが出てくるのである。時代だなあ。 そして真相を知った上でドラマを見直すと、映像の撮り方が細かいところまで実に練られていることがわかる(具体的に言えないのが辛い)。これらは映像ならではの楽しみ方だが、原作には原作の楽しみ方がある。小説は原則として三人称で書かれているが、それぞれの章で視点人物となる──つまりは内面描写のある人物が設定されている。それがほぼ全員なのだ。つまり、犯人の内面が描かれる章もあるのである。なのにわからない。嘘は書かれていないし、本人が内心何を考えたかも書かれているのに、それが犯人だとわからない。叙述トリックの粋と言っていい。そこをぜひ原作で味わっていただきたい。 なお、原作からの見逃せない改変がラストにあることは言っておかねば。原作では島田潔と〈犯人〉の会話場面が描かれるのだが、ドラマではそこに江南が加わる。そして江南が、〈犯人〉にとっては衝撃的な推理を披露するのだ。その推理は間違いなのだが、〈犯人〉は……。その後は原作と同じラストへと戻るのだが、「すげえ原作通りだな」と思いながら見ていたドラマに最後の最後でこんなサプライズが仕掛けられていたとは。原作ファンへの目配りがありがたい。 ところで先月紹介した「52ヘルツのクジラたち」に続いて、この作品も舞台は大分県である。大分出身者としてこの流れには胸をときめかせているぞ。原作にはもっと具体的な大分の実在の地名がたくさん出てくるので、大分県民は特にチェックだ! 大矢博子 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。 Book Bang編集部 新潮社
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