アクション映画として世界レベル 『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』の突出した完成度
殺しの腕は超一流。けれども、いまいち社会じゃうまくやっていけない。そんな殺し屋コンビの杉本ちさと(髙石あかり)と深川まひろ(伊澤彩織)は、出張暗殺のために宮崎県へ来ていた。さくっと片付く簡単な仕事で、バカンス気分を楽しむ2人だったが……ちさとは大事なことを思い出す。今日はまひろの誕生日だったのである。プレゼントも何も用意していないと焦りつつ、ひとまず現場へ向かう2人。すると謎めいた男(池松壮亮)が2人より先に標的を追い詰めていた。ちさととまひろは暗殺のために謎の男を排除しようとするが、男は凄まじい戦闘力で2人を圧倒。バカンス気分の簡単な任務は、過去最悪の難易度に跳ね上がり、2人は壮絶な戦いへ巻き込まれていくのだった。 【写真】『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』場面カット(複数あり) 大ヒットシリーズ、待望の第3弾である。大昔から3作目は鬼門と言われるが……結論からいえば、『ベイビーわるきゅーれ ナイスデイズ』(2024年)は、見事に鬼門を突破した。というかシリーズの最高値を叩き出したと言っていい。アクション映画として、本作は世界レベルで見ても突出した完成度に達している。アクションは過去2作より明らかにボリュームアップしており、内容も創意工夫に満ちていて、往年の香港映画のようなバランスだ。それでいて、これまで見たことがない動きも連発するので、新鮮さもある。恐らく多くの観客は、冒頭の宮崎県庁でのアクションで度肝を抜かれるはずだ。銃をガンガン撃ちながら殴り合い、人が階段をビュンビュン跳び回るアクロバットな撮影を許してくれた宮崎県の懐の深さよ。アクション映画ファンとしては「ありがとう、宮崎県」と言わざるを得ない。 さらに驚くべきは、話が進むにつれてアクションがしっかり盛り上がっていくことだ。冒頭だけが凄くて、あとは尻すぼみ……なんてことはない。中盤、クライマックスと段階的に盛り上がっていくので、アクション映画としては完璧な構成だろう。アクション面で特筆すべきは池松壮亮だ。髙石あかり&伊澤彩織の主演コンビに負けず劣らず、高い身体能力で見せてくれる。シリーズ最強の敵に相応しい貫禄と迫力があった。 ……と、アクション映画的な見どころを早口で語ってしまったが、もちろん『ベビわる』シリーズの個性であるユーモアも健在だ。というか、こちらも非常によく磨かれている。特に髙石あかりと、彼女の上司役として登場し、大人げない張り合いをする前田敦子が素晴らしい。髙石あかりはアクション面でも見せ場が増えているが、前田敦子との丁々発止のやり取りは微笑ましいことこのうえない。前田敦子も「大人げないけど大人」を非常に魅力的に演じており、一歩間違えれば大滑りしそうなシーンすらも完璧に演じ切っている(俳優としての凄みを感じた)。そして、ここでも池松壮亮だ。謎めいた最強の男なのだが、話が進むにつれてワケが分からない狂気が爆発し、“もはや笑うしかない狂人”という、非常に独特な悪役で魅せてくれる。阪元監督の作品に共通する「シリアスなはずなのに、どこか間の抜けた空気」を完全に自分のものにしていた。とあるシーンでの弾けるようなスマイルは爆笑必至である。人を殺しまくっているのに、あんなピュアな感じはそうそう出せない。 このようにアクションとユーモアというシリーズを支える魅力に磨きをかけつつ、一方で本作は新しい領域にも入っている。それは映画全体が、モラトリアムの終わりを予感させる内容になっていることだ。『ベビわる』は殺し屋映画だが、同時にモラトリアム映画でもあった。社会で上手くやっていけない若者2人が、あれこれ将来に悩みつつ、とりあえず目の前の生活を何とかしながら生きていく話だ。そして、あくまで2人のバディ映画であった。一方で今回は、前田敦子と大谷主水が演じる先輩・上司が登場し、組織の一員としてのチームプレイを要求される。「先輩や上司とうまくやれるか?」という、これまでにない課題がドラマの中に組み込まれたことで、これまでの大学生の夏休み的な空気から、新卒1年目の空気を作中にもたらした。それはモラトリアムの終わりと、その先に待つ未来を想像させる。物語の結末はシビアな現実を予感させるが、同時にやさしい空気も残す。この感覚もシリーズ初だろう。 アクション映画として、コメディ映画として、そしてモラトリアム映画として、『ベビわる』シリーズは進化を続けている。日本映画の娯楽活劇の最先端を、是非とも劇場で目撃してほしい。度肝を抜かれ、笑って、ちょっとだけしんみりする。楽しい時間が過ごせるはずだ。
加藤よしき