現役医師が本格医療ミステリーを描く 第34回鮎川哲也賞を受賞した珠玉のバディ小説
「研究を続けるのは無理だとあきらめました。鬱屈としていたときに『小説を書いてみよう』と閃いた。高校生の頃、筆と本をおいて、忘れたことにしてきたけれど『チャレンジしてみよう』と」 『禁忌の子』では、現役医師だから書くことができる、現場のリアルな描写が目を惹く。たとえば密室で死体に遭遇した武田と城崎は、現場の保持よりも人命救助を優先する。もうひとつ印象に残るのは「医療における倫理とは」といった、哲学的な問いが物語の根底に流れていることだ。 「消化器内科は生死に関わる病気を診る科なので、日常的に患者さんを見送ります。がんの患者さんも多いですし、いろいろな方の生き死にを見ていると、理不尽さを感じることもあります。私はERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)という胆膵内視鏡手術をおこなうのですが、手技に過失がなくても一般的には3~5%の確率で急性膵炎が合併症として起こると言われます。ままならないですね」 本作で探偵役を務める城崎医師は山口さんと同じ消化器内科医だ。「主人公の武田は救急医ですが、救急と内科は親和性が高い」そうだ。 物語には登場する女性たちが感情を吐露する場面が折々ある。彼女たちが語るたびに、物語に血が通い息づいてくる。ラスト、読者は「自分ならどうするだろう」という問いに直面することになるだろう。 「高校生の頃に感じた、物語の泉は枯れていませんでした。少しでも面白い物語を届けられるよう、これからも書き続けていきたいです」 (ライター・矢内裕子) ※AERA 2024年11月18日号
矢内裕子