〈ためらい捨てたネタニヤフ〉ヒズボラ指導者殺害の一線を越えたイスラエルの思惑と無謀な賭け
同師はレバノンのシーア派教徒の中では圧倒的な人気を持つカリスマ的な指導者。同師が殺されたことで、ヒズボラが一段とイスラエルへの敵意と憎悪の炎を燃やすのは必至。「ヒズボラは退路を断たれたことになり、イスラエルに徹底抗戦する以外道はなくなった」(ベイルート筋)。 今後はヒズボラがロケット弾攻撃などを激化させ、イスラエル軍がレバノンへ地上侵攻、戦火が一気に拡大し、イランや米国をも巻き込んだ中東戦争に発展する恐れさえ出てきたと言えるだろう。ネタニヤフ首相が一線を踏み越え、ナスララ師の抹殺を図ったのはなぜなのか。
米大統領選挙を人質に
ネタニヤフ首相はこの同じ日、国連総会で演説し、ヒズボラとの戦闘を続行する決意を強調した。バイデン米大統領はそれに先立って、イスラエルとヒズボラに21日間の停戦を提案したが、イスラエルはそれを嘲笑うようにナスララ師を狙って見せた。米国は今回の攻撃を事前に知らされていなかったとされ、首相は米国の停戦提案を事実上無視した。 ネタニヤフ氏がバイデン大統領を軽んじているのは、大統領の任期が4カ月を切り、すでにレームダック状態にあることが大きい。その背景には2つの思惑がある。1つは米国がイスラエルへの武器支援を止めることができないと高をくくっているからに他ならない。 停戦を拒むネタニヤフ氏に圧力を掛けるため武器の供給を停止すれば、イスラエル支持のユダヤ系や保守系キリスト教徒の怒りを買い、後継候補のハリス副大統領が選挙で不利になってしまう。ネタニヤフ氏は大統領にこうした決断はできないと踏んでいる。「大統領選挙を人質に取っている」とも言えるだろう。 もう1つは首相にとって戦争続行がどうしても必要だからだ。首相はガザ戦争が終われば、ガザの武装組織ハマスの越境攻撃を防げなかった責任を追及されて辞任せざるを得ない状況。ガザ戦争に終わりが見えたいま、ヒズボラを新たな敵対勢力として戦闘を続けようということだ。 「ヒズボラの背後にはイランの存在があり、戦闘を拡大して米国を引きずり込むことを考えているのではないか。そうなれば、ヒズボラ壊滅ばかりか、宿敵のイランも叩くことが可能。ネタニヤフにとっては権力を維持できて一石三鳥だろう」(ベイルート筋)。