京アニ事件に捜査協力、医師や歯科医たちの知られざる戦い 感情抑え、奪われた命の証し懸命に記録
36人が死亡した2019年の京都アニメーション放火殺人事件では、遺体の身元特定や死因解明のため京都府内の医師たちが捜査に協力した。社会を震撼（しんかん）させた事件から5年余り。奪われた命の証しを記録にとどめた医師たちは、向き合った一人一人の尊厳を胸に刻み、歩んでいる。 【写真】青葉被告治療の医師、死刑判決の受け止めは 事件は19年7月18日に発生。青葉真司被告（46）=一審死刑、控訴中=が京都市伏見区の京アニ第1スタジオに放火した。亡くなった多数の社員の死因究明や身元特定に医師たちが関わった。 歯科医の丸橋幸信さん（60）は城陽市の歯科医院で診療中、京都府警の要請を受けた。遺体が安置された伏見区の府警察学校に向かい、約30人の身元特定のため歯牙鑑定をした。歯並びや虫歯の治療跡などを丁寧に確認した。 担当した歯科医師8人のうち、半数は鑑定の経験が乏しかった。「普段、歯科医師は人の死に接することがない。ショックは大きかった」。目の前の状況に感情を抑え、懸命に鑑定を続けたという。 毎年、京都府歯科医師会では歯牙鑑定の研修を行っている。専務理事を務める丸橋さんは「京アニ事件を契機に改めて事件や事故、災害時の歯科医師の役割を考えた」と話す。鑑定技術について研さんを積み、京アニ事件を経験した歯科医師が講師となり、遺体と接する際の心づもりも伝える。 丸橋さんは「身元特定の主流はDNAだが、（一度に多くの死者が出る）大規模災害のような非常事態の際、歯牙鑑定の重要性が増すと思うので、歯科医師会として動ける体制にしたい」と力を込める。 遺体の司法解剖を受け持った京都府立医科大法医学教室の池谷博教授（55）は「亡くなった人のために、真相を明らかにしたかった」と振り返る。捜査機関の要請を受け犠牲者の多くを解剖。「窒息死」、「一酸化炭素中毒」など犠牲者一人一人の死因は放火殺人事件を裏付ける証拠として裁判所に提出され、判決文にも記載された。 裁判官や裁判員には、「放火によって死亡」という表面的な理解にとどまることなく、「犠牲者がどんな形で亡くなったのか知ってもらう必要があると考えた」と話す。事件から5年たつが、遺族が抱える心の傷に思いを寄せ、「（解剖結果を）聞きたくないという方もいるでしょう。けれど、時がたって気持ちが変わるかもしれない。知ることで遺族が前に進むことにつながれば」と言葉を添えた。
