ひろゆき、中野信子と脳を科学する⑤ 忘れっぽい人のほうが「コミュ力が高い」って本当なのか?【この件について】
ひろ ちょっと質問していいですか? 老化って代謝の衰えと関係しているといわれるじゃないですか。でも、ある程度年を取っても脳の機能は、それほど老化しないと聞いたことがあるんですけど、どうなんですか。 中野 いえ、脳も確実に老化しています。ただ、老化の影響は脳の機能によって差があり、運動機能は比較的早く衰える傾向にあります。筋肉の衰えもそうですが、運動機能は新しい動きを覚える際に古い動きを忘れる必要があるんですよ。 ひろ ああ。例えば、テニスをしていた人がゴルフを始めると、似ている動作が干渉して、正しいゴルフのスイングを身につけるのが難しくなりますよね。 中野 私たちが新しい動作やスキルを学ぶとき、脳内ではその動作に関連する新しい神経回路が形成されます。ただ、脳は効率を重視するため、よく使っていた動きを優先する傾向がある。そのため古い動きを忘れないといけない。でも、この忘れるという過程が加齢によって難しくなるんです。 ひろ つまり、古い情報を壊すことができなくなる? 中野 そのとおりです。私はあまりこの言葉が好きではないのですが、いわゆる老害と呼ばれる現象にもこれが関係しています。過去の成功体験に縛られて新しい学習ができなくなっているんです。 ひろ ちなみに、子供の頃に神童とか呼ばれるような天才的に記憶力がいい人も、大人になったら普通になるみたいな話もありますよね。 中野 多くの人は、成長過程で記憶の仕方が変化するんです。例えば、視覚的な映像記憶は小学校低学年の約4分の1の子供が持っていますが、思春期までに消失する人がほとんどです。私の場合は20代半ばまで残っていましたが、これはかなりまれなケースです。 ひろ 記憶力が良すぎることで生まれる支障ってあります? というのも、これは僕の体感なんですが、忘れっぽい人のほうがコミュニケーション能力が高い気がするんですよ。 中野 それはかなり鋭い洞察ですね(笑)。これに関連して興味深い研究があります。旧ユーゴスラビアのコソボ紛争の際に行なわれた実験があります。民族間紛争が絶えない中で各陣営から同じ階層、同じ職業の人をひとりずつ選んで対話させ、融和が図れるかを観察したんです。その結果、一番仲良くなれなかったのが歴史学者たちでした。 ひろ あ、納得です(笑)。歴史学者の人は過去の出来事を細かく覚えているから、「昔こんなひどいことがあった」とか「あっちが先に攻めてきた」とか、そういうことをどうしても思い出してしまうんですね。 中野 そのとおりです。ここで重要なのは「水に流す」ということの大切さです。 ひろ 確かに。多くの人と仲良くなるには、細かいことを覚えていないほうがいいかもしれませんね。 中野 ですから記憶力が良すぎるとコミュニケーションの阻害要因になる可能性があります。忘れる力を磨いたほうが、人間関係は良好になると思います。つまり、根に持たないほうがいいんです。 ひろ コミュ力が高い人は友達が多く、ひとりひとりと向き合う時間が少ない。すると、細かい部分を気にしなくなるという法則はありそうですね。人間は長い時間一緒にいると誰でも相手の嫌な部分を見てしまうじゃないですか。それを気にせず忘れていけるほうが、良好な関係を続けやすそうです。 中野 実は夫婦関係の悩み相談でも似たような話を聞きます。子育てや仕事で忙しい時期はそれほど衝突しなかったのに、熟年になって時間ができたとたんに問題が出てくるというケースが多いんです。 ひろ 定年後に家で一日中一緒に過ごしたら、嫌な部分が目についちゃいますよね。友達や知り合いが少ない人ほど濃密な関係をつくりがちで、相手の嫌な面もより鮮明に覚えてしまうということですね。 中野 ひとりの人と深く関わりすぎるとかえって問題が生じる可能性があります。適度な距離感を保つことが良好な人間関係の鍵かもしれません。 *** ■西村博之(Hiroyuki NISHIMURA) 元『2ちゃんねる』管理人。近著に『生か、死か、お金か』(共著、集英社インターナショナル)など ■中野信子(Nobuko NAKANO) 1975年生まれ。東京都出身。脳科学者、医学博士、認知科学者。東京大学大学院博士課程修了。フランス国立研究所ニューロスピンに勤務後、帰国。主な著書に『人は、なぜ他人を許せないのか』(アスコム)など 構成/加藤純平(ミドルマン) 撮影/村上庄吾