チェ・ミンシクはイメージを更新し続ける 親しみやすい人物から“悪魔”まで恐るべき振り幅
主演映画『破墓/パミョ』が日本で公開中のチェ・ミンシク。来日登壇イベントでは、笑い転げるキム・ゴウンやチャン・ジェヒョン監督をよそに、指ハートを披露してお茶目な姿を日本のファンの前でも惜しげなく見せていた。筆者がインタビューしたときも、自分自身のことを「綿菓子やソフトクリーム」のような性格であると冗談交じりに語っていたほどだ。 【写真】『世宗大王 星を追う者たち』出演時のチェ・ミンシク しかし、映画の中のチェ・ミンシクはそんな姿とは180度違う。 日本で広く韓国映画の面白さが知られることとなった『シュリ』(1999年)では、ヒロインで北朝鮮のスパイであるイ・ミョンヒョン(キム・ユンジン)などを束ねる特殊作戦部隊のリーダー格として、ハン・ソッキュ演じる主人公と一歩も引かない闘いを繰り広げていた。この役はヒロインの任務に指示を出す役割もあり、冷酷無比(な中にも人間味も感じさせる)司令塔という役は、2013年の『新しき世界』にも繋がっているように思う。 チェ・ミンシクが世界的に認められたのは、何と言っても2004年の第57回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したパク・チャヌク監督の『オールド・ボーイ』だろう。 この映画では、突然、何者かによって誘拐され、15年間監禁されたのちに、ミド(カン・ヘジョン)という女性と出会い恋におちるが、想像もつかない結末にたどり着く。やるせない物語に打ち震えた人は多いはずだ。韓国映画には、こんなにも激しく濃い感情がこもっているのか!?と驚き(原作が日本の漫画であるにもかかわらず)、その後の韓国映画のイメージを形作った作品であったとも言えるだろう。 『オールド・ボーイ』のチェ・ミンシクがハンマーを振りかざす姿や、『悪魔を見た』(2010年)での残忍な役どころなどから、2010年代前後のチェ・ミンシクは得体のしれない恐ろしさを表現する俳優というイメージが大きくなったのかもしれない。『悪魔を見た』でも、イ・ビョンホンを冷酷な復讐の鬼に変えさせるほどの、胸糞の悪い‟悪魔”に徹していた。 もっとも、個人的には、小悪党というか、ちょっと情けなくて人間的なキャラクターを演じるチェ・ミンシクにも惹かれるものがある。 特に『悪いやつら』(2012年)は、釜山の勢も職員だったチェ・ミンシク演じる主人公のイクヒョンが、遠い親戚であった暴力団のボスのヒョンベ(ハ・ジョンウ)と知り合い、自身も裏社会の一員に。しかし、調子に乗ってヒョンベに愛想をつかれるどころか邪魔になってしまうという姿を演じていた。ヒーローでも殺人鬼でもなく、こんなダメな親戚のおじさんっているなあ……と思わせる、人間臭すぎる主人公であった。情けないけど、なんか憎めないというキャラクターが忘れられない。 この作品は、韓国ではノワールがヒットするとは思われていなかった2010年代初頭に作られ、当時としては異例の470万人の動員を記録し、後に韓国ノワールが次々と作られるきっかけとなった作品でもある。このようなリアリティのある裏社会の話が、1990年に盧泰愚大統領が発表した「犯罪との戦争」(暴力組織を一掃する政策)と重ね合わせられているのも新鮮であった。当時は今のように、韓国映画や韓国ノワールが社会の出来事と重なるような作品は少なかったからだ。 チェ・ミンシクは、もともとは高校時代に劇団に入り、1980年代後半からドラマに出演、1990年代後半からは長らくドラマには出演せず、映画俳優として活動してきた人だ。 近年はNetflixやディズニープラスなど、配信系のプラットフォームのオリジナルコンテンツが多数作られるようになり、その規模も大きくなって多くの映画監督や映画俳優もドラマに出演するようになった。 チェ・ミンシクもこれにもれず、2022年にはディズニープラスの『カジノ』で、実に25年ぶりにドラマに出演。このドラマのチェ・ミンシクが演じた主人公のムシクも、カジノの世界でのし上がる役とはいえ、ひょうひょうとしていて憎めない、けれどどこか得体の知れない怖さもあるところが『悪いやつら』に重なるように思う。もっとも怖さの要素は『悪いやつら』にはあまりないが、ムシクがカジノ王にまで上り詰めるのは「怖さ」があったからだろう。 最初のうちは、児童養護施設、刑務所、特殊部隊での生活を経て英語塾の講師までやっていた器用な主人公のムシクがフィリピンでカジノを持つまでになるまでの‟成り上がり”を描いたものだったが、やがて殺人事件が勃発。『私の解放日誌』で人々を魅了したソン・ソックが、捜査官としてムシクを追い詰める。この作品は、シーズン2まで放送されている。 いまや、韓国を代表する演技派俳優(という言葉ももはやいらないほどであるが)となったチェ・ミンシク。ソン・ソックにしても、『破墓/パミョ』のキム・ゴウンやイ・ドヒョンにしても、中堅俳優や若手俳優と共演し、彼らの演技を受け止め、また輝きを引き出すような役割も担っていると感じる。 当のチェ・ミンシクが、親しみやすい人柄であることは冒頭でも書いたが、近年は怖さの中に人間性の見える役も多い。かつては、『春が来れば』という作品や、浅田次郎の短編小説『ラブ・レター』を映画化した『パイラン』で、あたたかみのある役も演じている。現在、62歳のチェ・ミンシクだが、まだまだ新たなイメージを更新する可能性もあるだろうし、そんな顔も見てみたい。
西森路代