「日本の研究を途絶えさせてはいけない」…異色のNPO代表がフランスで見た「海外留学している研究者の過酷な現実」
---------- 研究の場を海外に置き、国際的に活躍したいと願う研究者とその家族をサポートしているNPO法人ケイロン・イニシアチブが、今年設立5年目を迎える。NPOでは、日本の研究者の留学に帯同する家族・パートナーを対象とした助成金制度や情報のプラットフォーム提供などを行っている。 諸外国に比べて研究力が相対的に低迷していると言われている日本の研究者の現状や課題について、理事長の足立春那さん(以下春那さん)と副理事長の足立剛也さん(以下剛也さん)ご夫婦に話を聞いた。(取材・文:高村由佳) ---------- 【画像】あのノーベル賞物理学者の若き時代…「門下生」大栗博司氏が語る「師」
設立のきっかけは研究者家族の窮状
ー NPO法人ケイロン・イニシアチブは2019年9月に設立認証され、今年で5年目を迎えています。どういったきっかけで、始められたのでしょうか? 春那さん:2018年から夫の海外赴任で、家族でフランスに2年間住んだことが、大きなきっかけです。 夫は医師で研究者でもあるのですが、当時は研究者としてではなく、文部科学省関連の行政機関からの出向という形で、研究のファンディングエージェンシーで働いていました。 ファンディングエージェンシーとは公募により優れた研究課題を選考し、資金を配分する機関ですが、日本の研究分野がいかに諸外国から遅れているか、また研究者自身やその家族が非常に苦しんでいる現状を、夫を通して垣間見ることができ、問題意識を抱きました。 私たち家族は当時4歳と生後3ヶ月の子ども2人を連れて赴任したので、それなりに大変でしたが、周りの研究者の方々の状況はさらに過酷でした。当時は、留学であるためお給料が出ない、家族の渡航費などはサポートしてもらえないなど、金銭的なサポート不足と、そこから生じる精神的な不安を実感しました。そういった姿を間近で見たことが、NPOを作る大きなきっかけになりましたね。 剛也さん:私は研究者をサポートする立場として赴任したため、その仕組みに課題があることに気づきました。特に、海外では柔軟に対応できていることが、日本の凝り固まった制度ではできないことが、大きな課題だと感じました。 ー ”凝り固まっている”というのは、助成金の使い道が限定されているということでしょうか? 剛也さん:そうですね。例えば、研究者が留学するための助成金の多くは、海外へ研究者が1人で行くことを想定しており、家族にも使用できるような設計になっていません。さらに重複受給ができないという制限があるものも多いです。 一方で、「ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)」という日本も参加している国際プログラムは、育児手当や引越費が支給され、研究者が柔軟に利用することができます。このプログラムの過去の採択者は、その後30人近くがノーベル賞を受賞していて、その成功は一目瞭然です。 このような仕組みを日本でも作りたいと思い、妻に相談したのがケイロン・イニシアチブの設立のきっかけです。設立後、「Cheiron-GIFTS」(ケイロンギフツ)という用途を固定しない助成金制度をスタートさせました。 ー助成金の用途が凝り固まっている背景には、「留学は一部の特別な人が行くものだ」という先入観も影響していそうですね。 剛也さん:以前は、研究者の留学は、「限られた一部の人が行きたいから行くんでしょう」という印象が強かったと思います。しかし、今や日本は研究の先進国とは言い難いのが現状です。 NPOを設立した頃、海外で世界最先端の研究を経験できない研究者が増えると、日本の研究レベルはどうなってしまうのだろうという危機感を、多くの人が抱えていました。一部の研究者だけが留学するのではなく、みんなでサポートして日本の研究を盛り上げていくことが最低限必要になっているという認識も、NPOの設立を後押ししてくれました。