“たった8%”の残酷な差が「PK戦の勝敗」を分ける、超一流プロも逃れられない「認知バイアス」の罠の正体とは
次に下段に蹴った場合にセーブされる確率についても注目してみましょう。中央に蹴った場合は30%、左右に蹴った場合は20%近くがセーブされています。これは上段に比べるとかなり大きな数字になっています。 つまり、下段は外す確率が低いものの、セーブされる確率が高いために分が悪い選択肢ということになります。 PKがセーブされるかどうかは、ゴールキーパーの読みにかかっているため、キッカーはセーブされるリスクを正しく見積もることが難しいと考えられます。そのため、セーブされるリスクよりも、外すリスクを重要視してしまうのでしょう。
■クロアチアとのPK戦を分析 ここまでの分析から「上段は外す確率もあるが、下段に蹴ってセーブされる確率のほうが高い。そのため、外すリスク(明らかな損失)を受け入れたうえで、上段に蹴るのがおすすめである」ことがわかりました。 では、本当に上段を狙うのが有利なのか、2022年カタール・ワールドカップの日本対クロアチア戦のPKを題材に確認していきましょう。 日本が1-3で敗れたPK 戦ですが、各選手の蹴った場所と実際の結果は以下のようになっています。
日本代表は、浅野のみが上段に蹴り、失敗した3名は全員が下段にゴロ性のシュートを蹴りセーブされる結果となりました。 一方のクロアチア代表は1人目・2人目が上段に蹴り、成功の期待値も日本代表より高くなっています。 特に、1人目のブラシッチのスピーディーなシュートは、キーパー権田の届かないところに蹴り込んでおり、まさに理想的なシュートだったといえます。2人目のブロゾビッチも、上段の中央という一見大胆な位置に蹴っていますが、統計的にみれば成功期待値の高いコースです。
3人目、4人目の選手も勢いのあるシュートを打っており、4人とも強いキックをしていました。 ■「外す勇気を持つこと」の大切さ クロアチア代表はワールドカップでのPK戦の勝率が100%(4/4)と、PK がうまいことで知られています。日本代表に比べると損失回避バイアスにだまされずにシュートすることができていたと考えられます。 「外す勇気を持つ」という、行動経済学の視点からみて妥当な戦略をしています。 もちろん、PKの成否の要因をすべて損失回避バイアスのせいにすること、また下段に蹴る理由を損失回避バイアスですべて説明できると過信することは、それはそれで言いすぎです。
統計的には、上段と下段での成功率の違いは8%です。 これを大きいと捉えるか小さいと捉えるかは、人それぞれでしょう。 たった8%ではPK戦の勝敗は変わらないかもしれません。ただし、プロ選手が1%でも成功率を高めるために日々技術を磨いていることを考えると、考え方(損失回避バイアス)を見直すだけで8%成功率を上げるのは、かなり大きいのではないでしょうか。
今泉 拓 :東京大学大学院学際情報学府博士課程所属、東京スポーツ・レクリエーション専門学校非常勤講師(スポーツ分析)