アイルトン・セナを総額100億円のマクラーレンが偲ぶ
11月9日(土)に行われた「マクラーレン・トラックデイ・ジャパン2024」を、吉田由美がリポートする。 【写真を見る】超希少な新型ソーラスGTなどはこちら(12枚)
今も愛され続けているアイルトン・セナ
11月9日(土)、富士スピードウェイ(静岡県)にて毎年恒例となっているマクラーレン・トラックデイ・ジャパン2024(主催・マクラーレン・オートモーティ)が開催された。 11回目となった今年は過去最多となる177台のマクラーレン車が参加。また今年は、“伝説のF1ドライバー”であるアイルトン・セナの没後30年だったこともあって、ピット内には「SNNAラウンジ」を設置したのが大きなトピックだ。 アイルトン・セナをしのぶ思い出の品や写真、そしてマクラーレン「セナ」が展示された。さらに、トークショーではアイルトン・セナの魅力や思い出をゲストたちが語った。 マクラーレンと言えばF1ファンなら誰もが知っている英国の名門レーシング・チームだ。そのF1からの技術や知見を活かし、市販車のスーパーカーやハイパーカーを製造するのがマクラーレン・オートモーティブである。 マクラーレンの長いレースの歴史中、今なお世界中で愛されているアイルトン・セナの存在は欠かせない。アイルトン・セナはマクラーレン・チームに1988年から1993年まで在籍し、1988年、1990年、1991年と計3回のワールドチャンピオンを獲得。当時、世界的にF1ブームの真っただ中だったが、とりわけ日本でのF1人気を押し上げたのはアイルトン・セナの活躍にほかならない。日本製のホンダ・エンジンを搭載した「マクラーレン・ホンダ」で戦うセナの勇姿は、日本中を熱狂的させた。 しかし1994年5月1日、F1サンマリノGPが行われるイタリアのイモラ・サーキットでの決勝レースで悲劇は起きた。アイルトン・セナは大クラッシュし、事故死。34歳の若さだった。その出来事は世界中に衝撃と深い悲しみを与え、当時、テレビで見ていた私も、あまりのショックで、しばらくF1を見られなかった。 マクラーレンにとってもアイルトン・セナは特別な存在だ。マクラーレン史上初となるサーキット走行を重視しつつ、公道でもサーキットでも楽しめるロードカーにセナという名前を与えたのだ。 ちなみに、アイルトン・セナの甥で元F1ドライバーのブルーノ・セナは現在、マクラーレン・オートモーティブのブランド・アンバサダーを務めている。