「ベートーヴェンからアフリカのリズムが聴こえる」ジョン・バティステが語る音楽の新しい可能性
「黒人アーティストはこうあるべき」という固定観念に抗う
―最新作には「アメリカン・シンフォニーのテーマ」も収録されていますよね。この取材の前にNetflixドキュメンタリー『アメリカン・シンフォニー』を見返しました。あなたは「黒人アーティストと言えば、思いつく概念はひとつかふたつ。人はそういう特定の固定観念に慣れ過ぎている」と語っていましたよね。それについても聞いていいですか? JB:うん。メインストリームと呼ばれる音楽において、ヒップホップを筆頭に限られたカテゴリー以外で、ブラック・アーティストは数えるくらいしか存在しないのが現状で、活躍できる分野は非常に限られている。だって、黒人の指揮者やチェロ奏者やバレエダンサーの姿なんてほとんど見かけないだろ。いくつかのジャンルのメインストリームでは黒人アーティストが評価されているかもしれないけど、他の分野では認められていないのが現状だ。そして、それは才能や能力がないからではなく、別の理由によるものだ。音楽の世界では「黒人アーティストはこうあるべき」というナラティブが出来上がっていて、それに当てはまない価値観は軽視される。黒人アーティストがやって許されることを決めるのは、音楽界の権力者たちだ。 ―たしかに。 JB:僕のこれまでのキャリアやメインストリームでの成功は、常にそういった固定観念と真っ向から対抗するものだった。だからこそ、僕がシンフォニーを作曲し、それがNetflixでドキュメンタリーとして制作され、1位になったことも、バラク&ミシェル・オバマがプロデュースに関わっていることも……(グラミーで『WE ARE』が)最優秀アルバム賞を受賞できたことも、(『ソウルフル・ワールド』で)オスカーを受賞し、ピクサー映画のためのジャズのスコアを書いたことも……僕は意図を持ってやってきた。僕が表現したいのは”反主流”のカルチャー。つまり、これまで示されることのなかった真の黒人カルチャーだ。メインストリームで人が目にする黒人カルチャーは全体のごく一部。僕は黒人である僕らの真実の姿を世界に示したいと思う。だから(「The Late Show with Stephen Colbert」の音楽ディレクター兼ハウスバンドのリーダーとして)テレビに週5日出演し、何百万人もの人に見てもらったことも、賞賛やパフォーマンス、多くのことを成し遂げたことにも誇りを持っている。どれもすべて自分よりも大きな使命に奉仕するためであり、今後もさらに推し進めていきたいと思っていることなんだよ。 ―僕は『アメリカン・シンフォニー』を見た時も、『Beethoven Blues』を聴いた時も、あなたはそこに大きな意図をもってやっていて、自分の役割を意識しながらやっているんだろうと思っていました。そんなジョン・バティステにとってのロールモデルは誰なのでしょう? JB:WOW! インスピレーションを与えてくれた人達は大勢いたよ。僕のコミュニティ、父や母、ニューオーリンズで出会った音楽のメンターたち。今の僕がいるのは、そんなふうにコミュニティに身を捧げ、独創的で優れた音楽の伝統を次の世代へと渡すことに熱心だった先人達のおかげだ。彼らの教えは僕の中に植え付けられ、早い時期から、僕は自分が何者かを理解した。自分が引き継いだ文化遺産の価値に疑問を抱くことは一度もなく、その重要性を理解していた。それが僕を作り上げた大きな部分だ。アルヴィン・バティステ、エドワード・キッド・ジョーダン、エリス・マルサリス、従兄弟の故ラッセル・バティステJr……大勢の素晴らしいアーティストに溢れたコミュニティだったんだ。世の中が彼らのことを知ってるか、知らないかなんて関係ない。僕は世の中との橋渡しになるべく生まれたのだから。僕の文化と音楽のために。 ―もうひとつ『アメリカン・シンフォニー』で印象的だったのは「(黒人アーティストの)成果は矮小化され、カノン(聖典)の一部とは見なされない」と語っていたことです。 JB:存在が知られていないものは見えにくい、ということだよ。黒人アーティストの偉大な業績の多くは正しく記録されていないか、もしくはその本質が評価されていない。ルイ・アームストロングほどの人物ですら、彼の実像に見合う認識はされていない。家族って身近にいるから当たり前の存在だと考えがちでしょ? もしかすると身近な誰かが偉大な英雄なのかもしれないのに、ただの親類としてしか見ていない。黒人の芸術というのは、特にアメリカではそう見られがちなんだ。みんなブラック・ミュージックに合わせて踊ったり、歌ったりするのは大好きなのに、その存在を当然のことと見なし、直視することを避けているようにさえ思える。例えば、デューク・エリントン、ルイ・アームストロング、ジェイムス・リーズ・ヨーロップ、ウィリアム・グラント・スティル、メアリー・ルー・ウィリアムズらのブラック・アメリカン・ヒーローたちを祀った博物館や伝記はその価値に比して、ほとんど存在しない。他にも名前を挙げればキリはないよ。でも、これは僕らが克服すべき課題の一つに過ぎないんだ。それでも、音楽の影響力とパワーには何ら変わりないし、そこにあることを忘れず、当然のこととして疎かにしてはならないっていうことだね。 ―あなたが「アメリカン・シンフォニー」のような音楽を手がけるということは、ウィリアム・グラント・スティルやフローレンス・プライスといったアフリカ系アメリカ人クラシック作曲家を意識していたと思っていました。きっと研究もしていたんですよね? JB:もちろんさ! ああ研究したとも!(笑) ―ジョン・バティステといえば、いろんなジャンルを水平に並べ、平等に扱って融合させるイメージがあります。一方で歴史を大事にし、先祖の音楽、例えば、古いストライドピアノ、ブギウギスタイルをたびたび取り入れています。あなたは先人の成果を明るいところに出して、ふさわしい評価にさせたいってことも考えているんでしょうね。 JB:ああ、それが僕にとっての、とてもとても大きなインスピレーションであり、重要だと考える部分だ。 ―最後にひとつ。あなたのアルバムは毎回スタイルが違いますよね。そうやって毎回違うものを出すのは意図的にやっていることですか? JB:ははは、僕には実現させたいプロジェクトがとにかくたくさんあるんだよ。『アメリカン・シンフォニー』でツアーもやりたい。あれをライブで演奏したいんだ。日本のオーケストラと一緒にやるのもよさそうだと思っているよ。実現できたら素晴らしいだろうね。ピアノ・シリーズもさらに出していく。アイデアはたくさんあるので、世の中とシェアしたいんだ。実は、2つめの交響曲の作曲も始めたばかりなんだよ。 --- ジョン・バティステ 『Beethoven Blues』 発売中
Mitsutaka Nagira