チームが苦境を乗り越えた要因は「こういう時こそ笑え!」を貫くマインド!帝京は國學院久我山相手に劇的逆転勝利で15年ぶりの全国切符!:東京A
[11.16 選手権東京都予選Aブロック決勝 帝京高 2-1 國學院久我山高 駒沢陸上競技場] 【写真】ジダンとフィーゴに“削られる”日本人に再脚光「すげえ構図」「2人がかりで止めようとしてる」 この高校が背負っているものの大きさはよくわかっている。カナリア色のユニフォームに袖を通すことの意味も十分に理解してきた。だからこそ、目の前の試合だけに集中する。今まで築き上げてきた自分たちのスタイルを、目の前のピッチで表現する。それが何より結果を手繰り寄せるために、必要なことだと信じて。 「試合前から藤倉(寛)先生にも『15年ぶりの全国だとか、相手がどうだとか、そういうことは意識するな』と言われていたので、それもあって今日も全員がサッカーを楽しんで、勝ちたいという想いをピッチにぶつけられたのかなと思います」(帝京高・砂押大翔) 駒沢の激闘は執念の逆転勝利で、カナリア軍団が凱歌!第103回全国高校サッカー選手権東京都予選Aブロック決勝が16日、駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場で行われ、帝京高と國學院久我山高が対戦。前半18分に國學院久我山がFW前島魁人(3年)のゴールで先制したものの、帝京は34分にFW森田晃(3年)が同点弾を記録すると、試合終了間際の後半39分にFW土屋裕豊(3年)がPKを沈めて、2-1で逆転勝ち。15年ぶり35回目の全国出場を決めている。 「こういう場所に慣れているのは、2年前もここを経験していますし、去年も決勝までは行っていた久我山さんの方で、ウチの方が前半の最初は硬かったですね」と帝京のセンターバックを務めるDF田所莉旺(3年)が話した通り、序盤からペースを掴んだのは國學院久我山。MF近藤侑璃(3年)、MF村瀬悠馬(3年)、MF田島遼太郎(2年)で組んだ中盤トライアングルでボールを動かしながら、右のFW四方一陽(3年)、左のFW坂東輝一(2年)の両ウイングの推進力を生かして、押し込む流れを作り出す。 すると、先にスコアを動かしたのはやはり國學院久我山。18分。村瀬のパスから左サイドをDF安部凛之介(3年)が駆け上がり、田島は中央へカットイン。こぼれを拾った前島は巧みなコントロールから右足一閃。軌道は右スミのゴールネットへ鮮やかに突き刺さる。「自分には得点という部分が求められているので、センターフォワードとしての役割をちゃんと果たさなきゃと思っています」と語るストライカーの強烈な一撃。國學院久我山が1点のアドバンテージを握る。 「パッと時計を見たら20分手前ぐらいだったので、『まだ20分なんだ』と思って、そこでまだやれるなと思いました」(田所)。帝京はこの失点で吹っ切れる。少し動きの重かったMF砂押大翔(3年)とMF近江智哉(3年)のドイスボランチが積極的にボールを引き出し始め、前線では森田が身体を張って基点創出に奔走。31分には森田のパスからMF安藤光大(3年)の枠内シュートは國學院久我山GK太田陽彩(3年)のファインセーブに阻まれるも、ようやく攻撃に生まれたテンポ。 34分。輝いたのはカナリア軍団のナンバー10。自陣の右サイドからMF杉岡侑樹(2年)がディフェンスラインの背後へ蹴ったボールに森田は追い付くと、飛び出したGKをかわしてフィニッシュ。ボールはゆっくりと、確実に、ゴールへと転がり込む。「ああいうところで結果を残せて、少しはチームの役に立てたかなと思います」というエースの同点弾。1-1。前半の40分間はタイスコアで推移した。 後半は一進一退の展開が続く。「前半の内に森田が点を獲ってくれて、良い雰囲気になったと思います」とGKの大橋藍(3年)も口にした帝京は、安藤とMF宮本周征(2年)の両翼にも積極的な仕掛けが増加。14分にはMF永田煌(3年)とMF渡邉莉太(1年)を同時に送り込み、攻撃のアクセルを一段階踏み込む。 一方の國學院久我山も「ウチも相手ゴールに近くなると、ウチらしさが出ていましたよね」と李済華監督。19分には交代で入ったばかりのFW伊東航(2年)のラストパスに抜け出した前島が、GKの肩口にループシュートを狙うも枠の左へ。32分にも前島とのワンツーから伊東が際どいシュートを放つも、ボールはわずかにクロスバーの上へ。勝ち越しゴールには至らない。 帝京が千載一遇のチャンスを掴んだのは39分。右サイドで安藤のパスを受けた永田がエリア内へ切れ込むと、相手DFのタックルを受けて転倒。ホイッスルを吹いた主審はペナルティスポットを指し示す。土壇場で訪れたPKのチャンス。キッカーには森田に代わって投入されたばかりの土屋が名乗り出る。 キックは左。GKの太田陽彩も同じ方向に飛び、ボールには触っていたものの、わずかに及ばずゴールネットが揺れる。「今日は頼りになるフォワードの2人が決めてくれたのも良かったと思います」(砂押)。ジョーカー起用の13番を背負ったストライカーが大仕事。2-1。スコアは引っ繰り返る。 帝京は守る。ピッチ内には「命を懸けろ!」「絶対跳ね返せ!」という大声が飛び交う。「『もう命を懸けても身体を張ってゴールを守るんだ』という気迫を自分が見せようと思ったら、もう声を掛けることしかできなかったですし、『これを言えば絶対にやれるな』と思ったので、自信を持って仲間を奮い立たせました」(田所)。右からDF大舘琉史朗(3年)、田所、DF畑中叶空(3年)、DFラビーニ未蘭(3年)が並んだ3年生4バックも高い集中力を継続。時間を確実に、丁寧に、消し去っていく。 アディショナルタイムも6分を回ると、試合終了のホイッスルが鳴り響く。「内容とかではなくて、『これがこの選手たちが目指しているものなんだな』ということを感じる、今シーズンで一番のゲームだったなと思いますし、その力を引き出してくれた久我山さんがいたことがすべてだと思います」(藤倉寛監督)。駒沢に轟いたカナリア軍団の咆哮。帝京は2009年度の第88回大会以来となる、実に15年ぶりの全国切符を逞しく勝ち獲る結果となった。 帝京は今大会の準々決勝・東海大高輪台高戦でも先制点を奪われている。結果的に逆転勝利を収めた試合後、キャプテンの砂押はこんなことを話していた。「インターハイの時にも早稲田実業戦で失点したんですけど、その時にみんなが笑っていたらそのあとのプレーが良い印象だったので、今日も失点した時にもう1回笑って、またみんなで落ち着いてやろうという意味を込めて、『こういう時こそ笑え!』と言いました」。 全国出場が懸かったこの日の一戦。奪われた先制点が自身のミスパスから始まっていたこともあり、失点を受けて全員で集まった円陣の中でも、砂押はショックを隠し切れない表情を浮かべていたという。 チームメイトもキャプテンのメンタルを敏感に察知する。 「(砂押)大翔はいつもたくさん声を出しているのに、それが少なかったので、『この試合を楽しんでないな』と思って『大翔、笑えよ』と言ったら、凄くニコニコしていたので、『ああ、大丈夫だな』と思いました」(田所)「いつもは砂押が自分たちに『笑え』とか『笑顔で、笑顔で』と言ってくれるんですけど、アイツも前半はなかなかいつも通りのプレーができていない中で、失点に絡んだというふうに思っていたいみたいなので、みんなで集まって喋った時に、田所が『笑えよ』みたいな声を掛けてくれて、自分もそれに乗っかって『笑顔!笑顔!』と言ったら、みんな笑っていましたね」(大橋) 砂押もみんなの気遣いを十分に感じていた。「自分のミスで失点してしまったというところで焦っている中で、田所が『笑おうよ』と言ってくれましたし、チームメイトが『大丈夫だよ』とかいろいろな声を掛けてくれて、そういう言葉が励みになって、これは本当にプレーで取り返さないといけないなという、もっと強い想いを自分の中でも抱きました」。 短くない時間を一緒に積み重ねてきたからこそ、『笑え!』が持つ意味を全員で共有したカナリア軍団は、シビアなゲームを逆転勝利までこぎつける。「ここまで勝ってきたのは砂押がチームを引っ張ってくれたからで、バラバラになりそうな時もみんなでしっかりまとまって勝ちを持ってこれたので、良い雰囲気のチームだと思います」。大橋はきっぱりと言い切った。 「前監督の日比さん(日比威・順天堂大監督)が、長い時間をかけて作り上げてきたものが間違っていなかったという結果をここに出せたと思います。ただ、まだ東京のチームを代表して全国に行く権利を得ただけなので、東京のチームの皆さんに恥じないように、誇りを持って、責任感を持って、戦いたいなと思います」。就任1年目でチームをしなやかに束ねた藤倉監督は謙虚にそう語る一方で、砂押はみんなで掲げてきた目標をはっきりと口にする。「全国優勝しか考えていないですね。入学してからその目標だけを掲げて生活してきているので、これからもまたイチから全員で切磋琢磨していきたいと思います」。 狙うは日比前監督がキャプテンとして優勝カップを掲げた、第70回大会以来となる33年ぶりの冬の全国制覇。雌伏の時を経て、カナリア軍団が纏ってきた復権への覚悟。戦後では最多タイの6度の日本一に輝いている高校サッカー界の超名門・帝京高校が、とうとう選手権の舞台へ帰ってくる。 (取材・文 土屋雅史)