トランプ氏は金融政策への発言権を主張:トランプ再選でFRBの独立性が脅かされドル安進行のリスク
中央銀行の独立は人類の英知の産物
このようにFRBの独立性を制約する改革を議論すること自体、適切ではない。現在、中央銀行の政府からの独立性が確保されている国は多いが、それは、長い歴史の中で生み出された「人類の英知の産物」とも言えるものだ。 日本でも西南戦争で、政府が戦費の調達のために通貨を大量に発行し、それがハイパーインフレを招いたことの反省を一つのきっかけにして、政府から独立した中央銀行、日本銀行が設立されたという経緯がある。 政府が金融政策に強く関与すれば、緩和的な金融政策の傾向が強まり、それが通貨価値の過度の下落、つまりインフレを通じて、国民生活を損ねてしまう恐れがある。近年では、大統領が、金利引き下げは物価上昇率を下げるといったおよそ常識的ではない主張をし、インフレ下で中央銀行に利下げを強いたため、通貨が暴落して経済、国民生活を混乱させた、という例がトルコにある。 トランプ氏が再任される場合でも、検討されているようなFRB改革が簡単に実現するとは思えない。法改正には議会の承認が必要であり、トランプ氏が大統領となっても、民主党が上下両院のいずれかを制するねじれ議会となれば、法改正の実現性は大きく低下する。 しかし、法改正はされなくても、トランプ氏がFRBの政策に介入する強い意向を持っていることは確認された。大統領候補者がこのような議論を公言すること自体が、通貨の信認を損ね、金融市場の安定に悪影響を与えるものだ。金融市場では、トランプ再選のリスクが改めて意識されよう。 ちなみにハリス米副大統領は8月10日に、大統領選挙で勝利した場合にFRBの独立性を尊重する考えを示し、トランプ氏との姿勢の違いを明確に打ち出した。ハリス氏は、「FRBは独立した組織であり、大統領に就任した場合、私はFRBが下す決定には決して干渉しない」と語った。 (参考資料) 「トランプ氏、FRB決定に「大統領が発言権」 独立性低下を示唆」、2024年8月8日、ロイター通信ニュース "Trump Allies Draw Up Plans to Blunt Fed's Independence(FRB独立性を弱める計画案、トランプ氏側近らが作成)", Wall Street Journal, April 26, 2024 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/knowledge/blog)に掲載されたものです。
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