長嶋茂雄も王貞治もぶん殴っていた。野球界はなぜ体罰を根絶できないのか―日本野球と体罰の歴史を追った1冊が解き明かす“この国のすがた”【〈ノンフィクション新刊〉よろず帳】
正社員の理屈
同じく昨年末に刊行された『エッセンシャルワーカー 社会に不可欠な仕事なのになぜ安く使われるのか』【10】でも類似の分析がなされている。ひとたび人手が足りてしまうと――過度な価格競争が発生し――ごく一般の労働者(経営者および大手企業の正社員以外の労働者/つまり、日本の労働者のほとんど)の報酬は抑制されるという、現世の実相だ。 財界のお偉方は言う。「人手が足りない」。 高給取りの正社員である新聞記者も言う。「移民労働者なしでは、もはや日本社会は成り立たない」。 だが、これは嘘だ。嘘でないとすれば、きわめて不誠実な論法だ。移民労働者がいなければ成り立たない「日本社会」とは、「問題を抱える現在の日本社会」のことである。つまり、ごく一般の労働者にまともな賃金を支払おうとしない、現在の経済構造。 コンビニエンスストアのアルバイトが足りない。建設現場の作業員が足りない。タクシーの運転手が足りない。介護士が足りない。工場のパートが足りない……これらはすべて、安い賃金で労働者を使い捨てにする経営者と元請けの大手企業の正社員たちの理屈に過ぎない。まっとうな報酬を支払うのであれば、働く意思を持つ者はいくらでもいる。 彼らは「いまの賃金」で働く〈交換可能〉【9】な人材を補充するためだけに、移民労働者の導入を推進しているのである。そして「人手不足」が緩和されれば、経営者たちはふたたび〈交換可能〉な人材に対する支払いを低減させるだろう。
「自分は試合に出られる」と思える仕組み
評者の書きぶりは、『体罰と日本野球』の著者を困惑させるかもしれない。しかし、本書の終章に記された日本のスポーツ界から体罰をなくすための中村の提案をイデオロギー抜きで真摯に読めば、どうか。 〈日本スポーツ界から体罰をなくすためには、どのような対策・施策が必要であろうか(…)日本スポーツ界で体罰・しごきが拡大したのは、学校外にスポーツができる環境がないために、多くの学生・生徒が部活動に殺到し、試合に出たり、レギュラーになったりするためには、ライバルを蹴落とさなければならなかったからだ。 選手数が増え、レベルが上がれば上がるほど、レギュラーの座をめぐる選手・部員間の競争は熾烈になり、体罰やしごきも用いられた(…)このような環境を改善するためには、一チームの部員数を適正なものとしたり、部員数が多い学校・チームは複数チームでの大会出場を認めたり、一軍(トップチーム)以外の選手だけが出場できる大会・リーグ戦を開催したりすることが重要だ。ほとんどの部員が「自分は試合に出られる」と思える仕組みは、「試合に出るため」に行使される体罰の抑止に大きな効果があると思われる〉【3】 「きちんと働きさえすれば、人間らしい生活が送れる」と思える仕組みだけが、労働者ひとりひとりの尊厳を担保する。最低賃金にはその仕組みの一端を担う役割があるはずだが、現在の全国平均は、約1000円(時給)。1日8時間、週に5日。年間2000時間働いても、年収は約200万円。はたして、ここに尊厳はあるのか。 【1】『体罰と日本野球』で引用されている、(同書註によると)山倉和博『キャッチャーになんてなるんじゃなかった!』(ベースボール・マガジン社)の一部を孫引き。 【2】『体罰~』より引用。引用部「」内は、(同書註によると)長嶋茂雄『野球は人生そのものだ』(文庫版/中央公論新社)。 【3】『体罰~』より引用。 【4】『新潮 現代国語辞典』(新潮社)より引用。 【5】『体罰~』より引用。引用部「」内は、(同書註によると)君島一郎『日本野球創世記』(ベースボール・マガジン社)。 【6】『体罰~』より引用。引用部「」内は、(同書註によると)駿台倶楽部・明治大学野球部史編集委員会編『明治大学野球部史 第1巻』(駿台倶楽部)。 【7】フリーランス(非正規雇用者)のカテゴリーには、大手企業のいわゆる「本社の給与体系」とは異なる給与体系に組み込まれているグループ会社の正社員や、大手に対する価格交渉力を持たない中小企業の正社員も含まれるだろう。また、業務委託契約がセーフティネットとしての「最低賃金」の抜け穴として利用されている実態も注視されるべきである。 【8】アリゼ・デルピエール『富豪に仕える 華やかな消費世界を支える陰の労働者たち』(ダコスタ吉村花子・訳/新評論) 【9】『富豪~』より引用。 【10】田中洋子・編著『エッセンシャルワーカー 社会に不可欠な仕事なのになぜ安く使われるのか』(旬報社) 文/藤野眞功