【バイク短編小説 Rider's Story】めんどくせー
オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ。バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。 【画像】小説の挿入写真をギャラリーで見る(5枚) 文/Webikeプラス 武田宗徳
めんどくせー
────────── めんどくせー ────────── 「に…妊娠したー⁉︎」 コーヒーショップで、親友のマサルは大きな声を出した。 「最後まで話を聞け! …大きな声を出すな」 俺は心を落ち着かせて、マサルに話を続けた。 付き合って二年になる二つ年下のユカが、先週「妊娠した」と告げたこと。俺はその晩、ずっと悩み考えたこと。翌朝、結論が出ないまま、だけど、気持ちの半分以上は『結婚するしかない』と思って、ユカに会いにいったこと。そのとき、ユカが申し訳なさそうに「昨日のあれ、ウソ」と言ったこと。怒った俺に対して「何で嬉しそうにしてくれなかったの」と逆ギレして「別れる!」と言い放ち、帰っていったこと。 「めんどくせー。…あー、めんどくせー女だ」 マサルはそう言って、右手に持ったコーヒーカップを顔の近くに寄せて、そこにプリントされた柄を見ていた。俺も「だろ?」と言って、コーヒーを一口すすった。 「…オメーのバイクと同じだ」 マサルがポツリと言った。 ────────── 腐ってもハーレー ────────── 山の中にいた。この峠を越えた先に、新幹線の止まる駅がある。 俺の愛車はハーレーだ。貧乏極まりないが、でもどうしてもハーレーに乗りたくて、旧車でもなく、新しくもなく、中途半端な年式の、要するに一番不人気で安くてオンボロな車体を購入して、騙し騙し乗っている。 腐ってもハーレー。ハーレーらしさは、こいつにだって、しっかりある。 「なんで動かないんだよ」 つい声に出てしまった。ガソリンはちゃんと入っている。キャブの方まで届いているようだし、プラグもかぶっている様子はない。長い付き合いなのに、まだ俺こいつのこと何もわかっていない。 「頼むよ、動いてくれ」 山の峠に入ったばかりで、これから山道を登っていくところだった。エンストしてから、エンジンがかからなくなってしまった。夕刻で、もう日が陰り始めていた。 今日の十九時出発の新幹線に乗って、ユカは新しく決まった就職先へ向けて、東京へ行く。彼女は今日を境に、地元タウン誌の何でもやるアルバイトから、東京のデザイン事務所の正社員になる。そんな内容のラインが、つい一時間ほど前に、サラッと流れてきた。 ────────── 面倒くさいんだけどさ… ────────── 「頼む、動いてくれ。時間がないんだよ」 俺は、両手でこいつのタンクを挟んだ。 「アイツが、東京へ行ってしまうんだ」 自分のおでこが、タンクに触れた。 「ケンカしたまま、別れたくないんだよ」 両手とおでこが、タンクを強く押し付けた。 「めんどくせー女だけどよ、すげーめんどくせーんだけどさ…」 俺は、立ち上がり、身なりを整えた。心を落ち着かせて、そして、エンジンをかけてみた。 「ブッ…ブルン、ドッドコドン、ドッドコドン、ドッドコドン…」 かかった! 俺は感謝の気持ちから、こいつのタンクを三回さすると、アクセルをひねって、登り坂の峠道を駆け上がった。 雨や風を受けて、熱い日差しや、寒風にさらされて、荷物だってまともに載らない、そんな、ただでさえ面倒臭い乗り物なんだけどさ。俺のハーレーは、それに輪をかけて面倒臭いんだけどさ。 でもそこが…いいんだよ。 峠の下りに入った。駅まではもう、十キロもないだろう。 ああ、めんどくせー。 愛しいね、めんどくせーのって。
武田宗徳